【動画】「水郷の夏」はいま。潮来の祇園祭礼を訪ねた=村山恵二撮影
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 茨城県潮来市の素鵞(そが)熊野神社の例大祭で、800年以上の伝統があると言われている潮来祇園祭礼の様子が、朝日新聞社が1940年ごろに全国各地で撮影し、映画館などで上映された映像ニュース「アサヒコドモグラフ」(後にホームグラフと改称)に残っていた。

100秒の映像に80年前の姿

 祭礼は毎年8月の第1金曜から日曜までの3日間開かれる。今年も8月2~4日に開催され、14台の山車が潮来ばやしに乗って、市中心部を巡行した。

 残っていた映像は、1940年ごろに潮来で撮影された「水郷の夏」(約1分40秒)。祭礼の際に各地区で立てるのぼり、市中心部を流れる前川の水中でみこしをもむ様子、ろ舟に乗ったたくさんの見物客などが映っている。

「水郷」が指す地域は…

 「水郷」について広辞苑(第6版)には、「特に利根川下流、潮来を中心とする千葉・茨城両県にまたがる水辺地域の称」とある。潮来市は、日本で2番目に大きな湖である霞ケ浦に加え、北浦、外浪逆浦(そとなさかうら)と、それらを結ぶ常陸利根川、鰐川に三方を囲まれている。

 市によると、かねて交通の要所であり、江戸時代には東北の諸藩から潮来を経由して江戸に運ばれる物資が多く、前川沿いには仙台藩・津軽藩などの蔵屋敷が設けられ、繁栄した。

 常陸利根川に面する「阿や免(あやめ)旅館」3代目の中根猛さん(66)によると、「昔は川だけでなく、田んぼの間などに縦横無尽に水路があり、隣の田に行くにも、水車など農機具や牛を舟に積んで運んでいた。水路で泳いだこともある」と振り返る。

のぼりと常夜灯、手がかりに

 「水郷の夏」では、開始から15秒で大きめの観光船が画面を横切り、20秒で祭礼で立てる「のぼり」が見える。中根さんは「船は(常陸利根川を)霞ケ浦方面に走っていった。のぼりが見えたのは、浜町か上町地区だろう」と話す。

 30秒ごろ、「祇園神會(しんえ)」と書かれたのぼりと、石造りの大きな常夜灯が見える。2基のみこしに乗った「ご神体」が入る4丁目地区の仮宮(御仮屋〈おかりや〉)だ。現地に行ってみると、現在は常夜灯は川から離れた道沿いに移されていた。

 素鵞熊野神社の元総代会長で顧問の今泉三郎さん(71)によると、常夜灯は1939(昭和14)年に造られ、79(昭和54)年に天王橋を造る際、前川沿いに移転された。2011年の東日本大震災で倒壊したが、川底に沈んだ部分などを造り直して、18年3月に現在地に移転したという。

水中みこし、現在は

 「水郷の夏」にはのぼりのほか、今は行われていない、前川の水中でみこしをもむ様子も映っている。ナレーションは「突然、水郷の静寂を破って聞こえてきた笛太鼓の音。それは、夏祭りのおはやしです」という説明をするが、山車やはやしを演奏する姿は映っていない。同市文化財保護審議委員の石津藤好さん(64)は「当時も山車はあったはず。なぜ映っていないのか分からない」と話す。

 45~50秒ごろ、たくさんの「ろ舟」が映っている。潮来市役所によると、当時、ろ舟は主要な交通手段で、通年運航されていたが、現在は5月後半~6月後半に開かれる「水郷潮来あやめまつり」の期間中しか運航されておらず、小型の観光船が通年で運航されている。

水雲橋、場所を変えて

 中根さんによると、ろ舟の奥に見える旧水雲橋はかつて、今は水門と一体化した前川水門橋になっているあたりにあったという。一方、前川の別の場所に、美しいアーチを描く、新しい水雲橋がかけられている。

 「水郷の夏」について、今泉さんは「こんな動画が残っていたとはすごい。みんなに見せたい」、石津さんも「静止画ではなく、動画なのに、びっくりした。誇れる潮来の文化継承に役立てたい」と話している。(村山恵二)

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