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 4年ぶり出場の石見智翠館(島根)は6日、令和初の延長戦で敗れた。4強入りした2003年以来の勝利はならなかった。だが、県外出身者が大半のチームは白熱した戦いを繰り広げた。

 九回裏、石見智翠館の応援団が大きく沸いた。1死満塁から主将の関山愛瑠斗(あると)君(3年)の左前適時打で同点とした。「あいつはやってくれると思った」。途中出場し、安打で出塁していた東田大輝君(3年)は二塁塁上から関山君の姿を見て、頼もしく感じた。

 石見智翠館は部員121人のうち、島根出身者は約10人。ベンチ入り18人では1人だけだ。末光章朗監督(49)が大阪出身で、関西から来る部員が多くを占める。大阪府大東市出身の東田君は「全く知らない場所の寮生活で人間性も鍛えたかった」と話す。

 ほぼ全員が寮で暮らす。寝食をともにし、家事も自分たちでする。帰省するのは年末年始だけ。大阪府高槻市出身の関山君は「掃除も洗濯も当たり前のことをやるだけです」と話す。

 関山君が率いるチームの転機は昨秋。県大会で初戦敗退し、末光監督は日常生活から見直すことが野球に取り組む姿勢の変化につながると、「寮がぴかぴかになるまで練習させない」と指示した。約1カ月間、寮の掃除や草抜き、走り込みが中心でボールにはほぼ触らせなかった。関山君は「自分たちの生活を見つめ直すきっかけになった」。寮生活は厳しかったが、買い物へ行くと地元の人たちが励ましてくれる。何げない日常のやりとりが支えになった。

 関山君の弟で遊撃手の和(なごみ)君(1年)も同校へ。入学後、ごみを率先して拾う兄の姿を見て、自分も成長できる場所だと感じた。和君はこの日、適時打を放つなど貢献。二遊間を組む兄とは併殺を2度完成させた。

 死球で足を痛めながらも最後までプレーした関山君は、「島根で新しい家族のような仲間に巡り合えた。甲子園は最高の場所でした」と涙した。和君は「最高の経験ができた。もっとお兄ちゃんと野球がしたかったけど、次にしっかりつなげたい」。兄の思いも受け継いで、島根で自分を磨くつもりだ。(浪間新太)