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 徳島市文化センター跡地(徳島町)への新ホール建設計画で、建設予定地(約4500平方メートル)から、徳島城の「鷲(わし)の門」近くにあった蔵の礎石や「寺島口門」の石垣の一部とみられる遺構が見つかったことが、市への取材で分かった。市は今秋以降、本格的に発掘調査をし、文化財としての価値を見極めるという。

 遺構は文化財保護法に基づいて実施した5月の試掘調査で見つかった。蔵は藩米を保管していた場所と見られ、長屋のように連なって建てられていたと推測される。また、「寺島口門」は周囲を川に囲まれた城の3カ所の出入り口の門の一つだという。

 市立徳島城博物館などによると、徳島城は1585(天正13)年、領主として入国した蜂須賀家政が豊臣秀吉の命で築城し、約280年間にわたって、徳島藩主・蜂須賀家の居城として使われたとされる。明治の廃藩置県後に大部分は取り壊された。正門の「鷲の門」は残っていたが、1945年の徳島大空襲で焼失した。現在、徳島中央公園にある鷲の門は戦後復元されたものだ。

 市教委社会教育課によると、6…

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