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(10日、高校野球 熊本工3-2山梨学院)

 昭和、平成、令和。熊本工に新時代の勝利をもたらす打球が、バックスクリーンへ伸びる。

 「手に感触がないくらい、バットの芯だった」と山口。延長十二回1死。7番打者の、大会史上21度目となるサヨナラ本塁打で、試合は決着した。

 それまでは4打数無安打。だが「打席を重ねれば打てると思った」と積極性を失わない。「代打も考えたけど信じて送り出した」という田島監督の期待に、極上の初球攻撃で応えた。

 1932年夏の初出場白星から87年。春21回、夏21回目の出場となる伝統校も近年は秀岳館など私学勢に押され、夏はこれが6年ぶり。それでも山口のように「熊工が甲子園に一番近い」と信じて入ってきた部員は、110人にのぼる。

 「おはようございます。今日も一日よろしくお願いします」。110人の一人ひとりが一礼してからグラウンドに入るのが伝統だ。 ただ、「伝統を感じるのはそれくらい。昔ながらの上下関係とか、古くから伝わる練習もありません」。21世紀生まれの選手たちはそう言って笑う。OBの田島監督も「『古豪』と呼ばれるのは心が痛い」と苦笑い。選手も38歳の新任監督も「今」を懸命に戦う。

 山口は夏前の不調で、熊本大会は後輩に背番号3を奪われた。悔しくて帰宅後の素振りが毎日30分から、1時間に増えたという。

 取り戻した「3」をつけて放った劇的弾。レギュラーを目指し、勝利を求めて己を磨く球児の姿は、昔も今も変わらない。(山口史朗