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 第101回全国高校野球選手権大会(朝日新聞社、日本高校野球連盟主催)で、西東京代表・国学院久我山の28年ぶりの「夏」が13日、終わった。この日は大差で敗れたものの、九回裏に代打の二塁打で1点を返すなど最後まで諦めない粘りをみせた。何より、先輩たちの思いも背負い、初戦で夏春6回目の甲子園で初勝利をつかみとり、新たな歴史を刻んだ。グラウンドを去る選手たちには、球場全体から惜しみない拍手が送られた。

キューバ遠征経て急成長 国学院久我山・宮崎恭輔捕手

 大量リードされても諦めなかった。八回無死一塁で右打席に立った国学院久我山の捕手・宮崎恭輔(3年)は思い切り引っ張った。打球は跳びつく三塁手の横を抜けて二塁打に。塁上で拳を握り、一塁側ベンチに向かってうなずいた。

 「信頼できる仲間に、後は託した」

 宮崎は1年の秋から公式戦に出た。新チーム発足後は不動の4番。ただ、大振りが目立った。尾崎直輝監督は「当時はお山の大将のようだったが、1年で人間的に大きく成長してくれた」と話す。

 転機は、昨年末の東京選抜としてのキューバへの遠征だった。甲子園出場経験のある日大三や東海大菅生などの同学年の捕手の動きを目の当たりにした。「キャッチング、フットワーク、投球間隔の空け方……。すべての能力が上だった」。捕手として試合に出ることは出来ず、打順も下位に座った。悔しかった。

 キューバの野球環境にも心を動かされた。でこぼこの道ばたで素手の子どもが鉄パイプをバット代わりにプレーする。皆、笑っていた。「自分は恵まれている。野球ができることは当たり前じゃない」

 練習時の姿勢が変わった。バント処理や盗塁を刺すための送球時の足の運び、ワンバウンドする投球を体で止めるなど「基本の『き』」から取り組んだ。長打よりも「チャンスでの一本」と、打席でもチームバッティングを心がけるようになった。

 西東京大会ではチームトップの11打点。特に準々決勝以降の早稲田実、東海大菅生、創価にはキューバ遠征した際のライバルがおり、いつも以上に勝負強さを発揮した。この日の2安打を含め、甲子園では2試合で6打数4安打1打点と気を吐いた。

 この日は、エース高下耀介(同)が序盤から相手打線につかまる苦しい展開だった。それでも「甲子園に導いてくれたあいつのためにも楽しむしかない」と何度もマウンドの高下に駆け寄り、笑顔で励ました。

 試合後、多くの選手が泣き崩れる中、宮崎は晴れやかだった。「甲子園に来てからの仲間との時間は特別だった。幸せでした」(原田悠自)