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 花々や野鳥の自然豊かな野付半島を走るフラワーロード沿いで、「會」の字をあしらった旗が訪れる人の目を引いている。幕末の蝦夷地でこの地域の警備を担い、北海道標津町に陣屋を置いた会津藩の隊旗だ。

 隊旗は、陣屋に勤務中の文久3年(1863年)に亡くなり、野付半島に葬られた会津藩士ら3人の墓2基のありかを示す。標津町歴史文化研究会(中村憲二会長)が、夏の観光シーズンの間立てている。13日には、さらに墓を藩の陣幕でおおい、藩士をしのぶ盆恒例の供養祭も開かれた。

 墓には会津藩の陣屋の歴史を記す同研究会のちらしも置かれ、隊旗を立てるようになって年間2千部ほどが持ち帰られているという。「蝦夷地で和人とアイヌはしばしば対立したが、会津藩士はアイヌに教育をほどこし、一緒にサケ漁を開発するなど協力した。墓を訪れ、そうした歴史をぜひ知ってほしい」と、中村会長は話している。(大野正美)