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 終戦記念日の15日、宇都宮市の県護国神社で県戦没者追悼式があり、遺族ら約260人が参列した。県戦没者合同慰霊祭執行委員会の木村好文会長が「あの戦争の悲惨さを子や孫に語り伝えること、そして戦争は絶対にしない、戦争はさせないということが私たち遺族の責務だ」と追悼の言葉を述べた。遺族らは正午に1分間黙禱(もくとう)した。

 大田原市の国際医療福祉大3年、相馬夏妃さん(21)は大田原市役所の職場実習の一環で参列した。アジア太平洋戦争で日本人の死者が300万人を超えたことを初めて知った。「国内で空襲があったこともよく知らなかった」。身近で戦争経験があるのは90歳を過ぎた曽祖母だけといい、「元気なうちに当時のことを聞いておきたい」と語った。

 野木町の篠崎繁さん(81)はソロモン諸島で戦死した父を悼んだ。1942年8月、海軍で船に乗った父は魚雷の犠牲となった。父は35歳、篠崎さんは4歳だった。終戦間際の空襲で東京・日暮里の自宅や学校が焼けたため、埼玉県内に7年間疎開した。

 「空襲で受けた熱風は忘れられない。怖かった」。子や孫に戦争経験を語る機会はこれまでほとんどなかった。「どこまで経験が伝わるかわからないけれど、話してみたい。俺も80歳を過ぎて腰が曲がったからね」と話した。(池田拓哉)