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 習志野は夏の甲子園2回戦で鶴岡東(山形)に5―9で敗れた。選手一人ひとりは、体格に恵まれているわけでも、技術が特段優れているわけでもなかったという。それでも「逆転の習志野」と呼ばれるほどの勝負強さを発揮し、春と夏の甲子園を沸かせた。

 「このチームで甲子園にいけるのか」。昨夏の千葉大会でベンチ入りしていた今の3年生は3人のみ。新チームがスタートした時、3年生たちにあったのは危機感だった。

 強くなるにはどうするか。まず、下級生は先輩が帰るまで帰れない、といった「悪習」を変えた。「理不尽な決まりが部内にあって、上級生と下級生に壁があった」と竹縄俊希君(3年)。一枚岩になるため、下級生の時に「必要ない」と思っていた決まりを次々となくした。

 春の甲子園では3度、逆転勝ちし、県勢として24年ぶりに春の甲子園で準優勝。学年に関係なく、のびのびとプレーできるチーム作りが実を結び、「逆転の習志野」を印象づけた。

 それでも選手たちはおごらなかった。「スーパースターはいない。全員で泥臭い野球を」と3年生たち。今夏の千葉大会でも九回裏2死走者なしの土壇場から追いつく底力を発揮し、8年ぶりの優勝を果たした。

 70人以上いる部員のレギュラー争いは激しく、遅くまで自主練に励む選手も多い。昨秋に投打の中心だったが、今夏にはベンチに入れなかった選手もいる。

 裏方の存在も大きかった。夏の甲子園で現地入りした後の練習では、準備や片付け、打撃投手などはベンチ外の部員が担う。

 「ありがとな」。練習の合間には、支えてくれる部員へ感謝の声が飛ぶ。千葉大会で優勝した時、主将の次に胴上げされたのは、記録員の小杉秀次朗君(3年)だった。

 チーム一丸となって臨んだ夏の甲子園。初戦の沖縄尚学(沖縄)戦は九回1死走者なしから追いつき、逆転勝ちする粘り強さをみせた。しかし、2回戦の鶴岡東(山形)戦は序盤の5失点が重く、追い上げたが、涙をのんだ。

 試合後、チームを引っ張り続けた3年生はもちろん、2年生の顔も涙にまみれていた。右翼を守った高橋雅也君(2年)は「先輩たちともっと野球がしたかった」と語った。

 千葉大会や甲子園で、幾度となく驚異的な粘り強さで逆転勝ちした習志野。決してあきらめない姿勢を見せてくれた選手たちに感謝したい。来夏、ほかのチームと切磋琢磨(せっさたくま)し、きっと千葉に再び感動をもたらしてくれるだろう。(小木雄太)