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 3年連続山口大会準優勝の悔しさをバネに、今夏はノーシードから勝ち上がり、7年ぶりの夏の甲子園出場を果たした宇部鴻城。初戦の宇和島東(愛媛)とは2桁安打の打ち合いを制し、春の選抜4強の明石商(兵庫)をあと一歩まで追い詰めた。

 開幕前、尾崎公彦監督は甲子園への抱負を、「能力の高い子がそろっているわけではないので、泥臭く粘り強く、臆することなく戦っていきたい」と語っていた。その泥臭さ、粘り強さを裏打ちしたのは県内でもトップクラスと言われる練習量だ。重さ10キロ以上あるタイヤを担いでのダッシュや、1日1200本の素振りなど「生活すべてを野球にかけてきた」(尾崎監督)。

 ベンチ外の部員も選手を懸命に、泥臭く支えた。十河(そごう)琢矢君(3年)はもともと野手出身だが、今夏は選手のサポート役に回った。甲子園の開会式リハーサルでは「本当は自分もあの舞台に立ちたかった」と本音を漏らしたが、練習中はフリー打撃の準備やグラウンド整備などを進んで買って出た。「甲子園のアルプスで応援できたことは誇り。あいつらには感謝しかない」と語っていたのが印象的だった。

 ベンチ入りした選手18人だけでなく、マネジャーを含む総勢60人の部員が「大声野球、全力疾走」のモットーを貫き、けがや挫折に悩みながらつかんだ甲子園。先発出場したメンバーは宇和島東、明石商の2戦を通して全員、安打を放った。本塁打も2本出た。初の8強入りはかなわなかったが、大舞台でも変わらぬ粘り強さは、頭が下がる思いだった。

 甲子園入りしてから約2週間。捕手の山本雄一郎君(3年)は「夢のような時間を過ごさせてもらえた」。同じ宿舎で寝泊まりしていた1、2年生は最後まで戦い抜いた先輩たちの姿を目に焼き付けたはず。新チームの躍動が楽しみだ。(藤牧幸一)