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 夏山最盛期の8月上旬、北アルプスの名峰・白馬岳(2932メートル)の日帰り登山にチャレンジしてきました。通常は、山小屋に泊まる1泊2日のルートですが、7月に60歳になった私にとって、一つの「挑戦」だと思ったのです。しかし、標高差約1700メートルの長いルートの往復の後には、思わぬトラブルが……。

 白馬岳は、北アルプス・後立山連峰の北部に位置する「日本百名山」の一つです。登山口は、長野県白馬村の山小屋・猿倉荘(1250メートル)。登山ルートには、全長約3・5キロ、標高差約600メートルの日本一のスケールを誇る「白馬大雪渓」があり、盛夏でも涼風の中での登山が楽しめます。

 2400メートル以上の高山帯では、ハクサンイチゲやミヤマキンバイなどの高山植物が咲き誇り、登山者の目を楽しませくれます。

 母校の信州大山岳会(山岳部)は毎夏、8月上旬から約10日間、北アルプス玄関口の上高地(長野県松本市)の小梨平キャンプ場でサマーテント(サマテン)を開催します。大型テントを常設し、現役部員やOBのほか、信大の学生らがサマテンに宿泊します。

 標高約1500メートルの上高地は目前に3千メートル級の穂高連峰がそびえ、現役部員はサマテンをベースキャンプにして奥穂高岳(3190メートル)などへの難コースのワンデイ(日帰り登山)に挑み、夏場のトレーニングとしています。

 私もサマテンで1泊し、山岳会OBや現役部員と懇談をしました。そうするうち、還暦を迎えた私も、登山口から山頂までの標高差が、上高地から奥穂高岳と同じ白馬岳でワンデイにチャレンジしたくなりました。

 白馬岳の登山ルートは、岩場の多い穂高連峰と違って、難所はほとんどありません。未明に登山口を出れば、何とかワンデイは可能だと考えました。「途中で無理だと思えば引き返せばいい」と考えました。

 白馬岳登山の当日午前5時半、登山口の猿倉荘の近くにある白馬村営駐車場に到着。身支度を整え、午前6時から歩き始めました。天気は快晴。約1時間、林道を経て登山道を歩くと白馬大雪渓の入り口の白馬尻小屋(1560メートル)に到着しました。

 小屋の前の広場には、白馬村が設置した看板がありました。「雪渓上は落石が多いので、周りを見ながら歩きましょう」「涼しいようで意外と汗をかきます。晴れた日では2リットルは水分を取りましょう」などの注意事項が書いてありました。今回、水は3・5リットルのほか、経口補水液500ミリリットルも持参しました。

 少し休んで約20分で大雪渓の入り口に着きました。急な雪の斜面では、滑落防止などの安全対策としてアイゼンが必要です。ただ、雪質が硬くない夏場の雪渓なので冬用アイゼンでなく、軽アイゼンで大丈夫です。大雪渓対策のため、着脱が簡単なチェーン式のアイゼンを持っていきました。

 大雪渓に入ると、吹き下ろしてくる風が冷たく、あわてて長袖のシャツを着込みました。雪面からの反射光が強く、サングラスは必需品です。アイゼンが雪面をとらえ、ゆっくり登っているのですが、直登ルートのため、ぐんぐん高度を稼ぎました。

 約2時間で終点に到着し、ここからアイゼンを外して通常の登山道です。それまでの涼風がやみ、夏山特有の暑さがぶりかえしたため、長袖のシャツを脱ぎます。このルートは、こまめに衣類を取りかえる必要があります。

 稜線(りょうせん)が近づくと、高山植物が群落をなす「お花畑」の地帯に入り、疲れた体を癒やしてくれます。稜線に出ると村営白馬岳頂上宿舎があり、剱岳や立山など富山県側の北アルプスの山々の展望が広がりました。白馬岳山頂までは緩やかな登山道。山頂直下の白馬山荘を通過し、午後2時前に山頂に到着しました。

 しかし、午後から雲が広がり、夕立の恐れも出てきました。夏山特有の気象条件です。「無理せず、山小屋に泊まろうか?」と悩みましたが、「まだいける」と考え、一気に下山することに決めました。登りでは、取材や写真撮影で時間を取られましたが、下山はひたすら下りることに専念しました。

 午後3時過ぎ、お花畑を下っているとき雷鳴がとどろき、大粒の雨が降ってきました。あわてて登山道脇でザックを下ろし、雨具を取り出して着込みました。その後、天気はめまぐるしく変わり、雨具を何度も着たり脱いだりしました。

 大雪渓では、気が焦って何度も転びそうになりました。登山口の猿倉荘に到着したのは午後7時ごろ。最後はヘッドランプをつけて暗闇の中の下山でした。

 駐車場に到着し、職場に下山の連絡をしようと、ザックの中を探ったら、スマホや運転免許証、クレジットカードなどが入ったポーチがありません。「しまった雨具を着たとき、ザックからポーチを出してまま登山道の脇に置き忘れた!」。やはり、疲労はピークに達していて注意力は散漫になっていたようです。

 今夏も北アルプスでは登山中、疲労が原因で行動不能となり、ヘリコプターに救助される遭難が目立ちます。疲労は、遭難だけでなく、「貴重品の落とし物や忘れ物」につながることを実感しました。翌日、村営白馬岳頂上宿舎から連絡がありました。「大雪渓ルートで登ってきた登山者がポーチを見つけて届けくれました」。その翌日、幸運にも、ポーチは無事、私のもとに戻ってきました。

 白馬岳などの登山ルートでの落とし物は通常、白馬村の大町警察署白馬村交番に届けられます。同交番によると、スマホだけでなく、登山用のストックなどの落とし物が増えているそうです。「ストックを忘れるなんて、よほど疲れていたんでしょうね」と交番勤務の警察官が苦笑しました。

 登山中の疲労は、転倒・滑落などの遭難だけでなく、集中力や注意力が減退することによって貴重品などの「落とし物」につながります。今回の反省は、①無理のない登山計画②日没前の午後4時までに行動を終える③行動が長引いたら迷わず山小屋に泊まる④雨具などは取り出しやすいザックの上部に入れる――などです。

 今回のワンデイ挑戦では、遭難こそ起こしていませんが、不用意な行動だったと反省しています。若いころであれば可能な行程だったと思うのですが、体力に見合った登山計画でなかったため、下山が日没を過ぎました。もし、白馬岳のワンデイに挑戦する場合、事前に他の山でトレーニングを積むなど万全の準備で臨むべきだったと思います。

 9月からは秋山シーズンに入ります。日没も早まるので、ヘッドランプを携行し、行動時間を短縮することを心掛けてください。(近藤幸夫)

近藤幸夫

近藤幸夫(こんどう・ゆきお) 朝日新聞山岳専門記者

1959年。岐阜市生まれ。信州大学農学部卒。86年、朝日新聞入社。初任地の富山支局で、北アルプスを中心に山岳取材をスタート。88年から運動部(現スポーツ部)に配属され、南極や北極、ヒマラヤで海外取材を多数経験。2012年から日本登山医学会の認定山岳医講習会の講師を務める。現松本支局長兼山岳専門記者。