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 第101回全国高校野球選手権大会(日本高校野球連盟、朝日新聞社主催、毎日新聞社後援、阪神甲子園球場特別協力)の20日にあった準決勝で勝利した履正社(大阪)と星稜(石川)。2年連続での大阪勢の優勝がかかる履正社と北陸勢初の全国制覇まであと1勝とした星稜が22日、「令和最初の甲子園」を締めくくる一戦に臨む。

二つの「リベンジ」誓う履正社

 履正社は20日の準決勝で、今大会初先発の2年生右腕、岩崎峻典君が明石商(兵庫)を6安打に抑えて完投勝ち。夏の甲子園では初の決勝進出を決めた。初めての春夏連続出場や3回戦突破とチームの歴史を塗り替えてきたチームは、二つの「リベンジ」を誓って大一番を迎える。

 一つは昨夏の北大阪大会準決勝だ。相手は大阪桐蔭。九回2死まで履正社が1点リードしていたが、走者なしの場面から逆転負けした。捕手で出場していた現主将の野口海音(みのん)君(3年)は「一球で試合が変わる怖さを知った」と振り返る。大阪桐蔭はその後甲子園で史上初の2度目の春夏連覇を成し遂げる。

 この試合には野口君を含めて現チームの6選手が出ていた。「夏のリベンジ」を合言葉に掲げて、昨秋の大阪府大会で優勝。近畿大会で4強入りして今春の選抜大会へ。その初戦の相手が星稜だった。

 しかし、星稜のエース奥川恭伸(やすのぶ)君(同)の前に3安打と抑え込まれた。左腕エースの清水大成君(同)ら投手陣が3失点と踏ん張っただけに、打線がふるわなかった悔しさが残った。「打倒・星稜」という新たな目標ができた。

 春以降、重視したのが打撃力の向上だ。打撃用マシンを数メートル近くに置いて速球や変化球を打ち込んだ。その成果は今大会で発揮され、準決勝までの全5試合で2桁安打と力強い。甲子園で2本塁打の4番井上広大君(同)は「奥川君の球を打ちたいと思って、ここまで練習してきた。なんとしても打ち崩したい」と雪辱を期す。(山田健悟)

北陸の悲願、迫る星稜

 星稜には24年ぶり4度目となった準決勝。初めて4強入りした中京学院大中京(岐阜)に対して序盤からたたみかけて加点すると、大会屈指の右腕・奥川恭伸(やすのぶ)君(3年)と背番号10の左腕・寺沢孝多君(同)の継投で零封した。

 北陸勢(石川・富山・福井)は2015年春の選抜大会で敦賀気比(福井)が頂点に立った。全国選手権大会では1923年の第9回大会に金沢商(石川)が初出場して以降、95年の第77回大会決勝で星稜が帝京(東東京)に敗れて準優勝したのが最高成績だ。

 2年連続20回目出場の星稜は今大会、1回戦で奥川君が完封したのを始め、3回戦は智弁和歌山に延長十四回タイブレークでサヨナラ勝ちするなど前評判通りの勝負強さを発揮してきた。北陸勢の悲願達成が迫る。奥川君は決勝に向け、「あまり意識はせず自分たちのやるべきことをやって、笑顔で終わりたい」と話した。

 奥川君と、主将で捕手の山瀬慎之助君(同)の地元・石川県かほく市の区民会館ではパブリックビューイング(PV)があり、約100人が星稜のユニホームと同じ黄色いスティックバルーンを手に声援を送った。

 2人がかつて所属した少年野球チーム「宇ノ気(うのけ)ブルーサンダー」の後輩も観戦。7月末に2人が練習に訪れたといい、森瑛介君(小学6年)は「山瀬君に『甲子園がんばって』と声をかけたら『君も野球がんばって続けて』と答えてくれた。僕も甲子園を目指したい」。瑛介君の父で、2人がいた当時コーチだった昌彦さん(41)は「ヤスもシンも練習熱心だった。ここまで来たら優勝してほしい」と笑顔で話した。(岡純太郎、近藤幸子)