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 紺を基調に青やえんじ色などを織り交ぜた伝統綿織物「亀田縞(じま)」。新潟市江南区の亀田地区で江戸時代に始まり、最盛期には600軒以上の織物業者が軒を連ねた。戦後間もなく生産が途切れたが、たった2軒残った「機屋(はたや)」が復活させた。それから十数年、ふたたび注目を集めている。

 わたしゃ亀田の機織り娘 糸が切れてもわしゃ切れぬ――。亀田甚句にもうたわれる地場産業の柱だった織物業だが、戦争中の物資統制などの影響で激減し、「亀田縞」は戦後に姿を完全に消した。いま、残る織物業者は2軒だけ。

 江南区袋津にある「立川織物」はその1軒だ。工場を訪ねると、ジャカジャカと規則正しい織り機の音が響いてきた。「この音が聞こえたほうが子どもがよく寝るなんて言われてね。子守歌だったんだ」。立川治秀さん(71)は、亀田縞を復活させた機屋の1人だ。

 それ以前、平成に入ったころ、…

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