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 心身に重い障害がある人が災害時にどのようにすればいいのかを考えるセミナーが22日、宮崎市の「障がい福祉サービス事業所はながしま」であった。東北で活動する医療関係者ら2人が東日本大震災の経験を語った。

 重症心身障害児の就労や社会活動の支援をする社会福祉法人「キャンバスの会」(都城市など)の主催。障害児を持つ保護者や自治会長ら約50人が参加した。

 「職員も自分の家族の安否が確認できず混乱していた」。そう話すのは、震災当時、国立病院機構いわき病院(福島県)で副総看護師長をしていた佐藤久美子さん(60)。病院は海岸から100メートルの場所にあり、津波によって病棟の約半分が浸水したが入院患者らは避難させて無事だった。

 自家発電停止のリスクなどをふまえ、発災7日目までに県外の8施設へ患者を移送。大型バスで17時間の移動となった患者もいたが、「歌を歌ったり、笑わせたり、楽しい遠足になるように」と職員たちは心がけていたという。

 一方で、「職員も被災者。『自分も家族と避難したい』と思う人もいて苦しい状況だった」と話し、アンケートや面談を通して職員の心のケアにも尽力したという。

 福島県南相馬市でグループホームを運営するNPO法人「あさがお」で理事長を務める西みよ子さん(66)は、「施設に預けている子どもが心配でもまずは自分が津波から逃げることを優先してください」。

 福島第一原発から約31キロに位置する同施設。原発事故の状況が把握できずに不安が募る中、6台の車で利用者と職員計26人で県外に一時避難することにした。

 約2週間の避難生活中、地域の人たちから温かい支援や言葉をかけてもらった半面、精神障害者や福島県からの避難者という立場への厳しい視線も感じたという。「私自身も入所者たちの心情を理解しきれず、避難先で精神的に不安定な状況に陥る人もいた」と話し、「普段から地域との付き合いを大切にして、障害児への理解が進むように心がけてほしい」と呼びかけた。

 講演後、セミナー参加者からは災害への率直な不安の声が交わされた。重度障害を抱える娘と暮らす80代男性は「最近は『自助』の重要性をよく耳にするが、緊急時に家族だけでどう逃げるべきなのか戸惑いがある」と話した。(大山稜)