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村山斉の時空自在〈11〉

 バークリーへ移ったのは、東京大の大学院でうまくいかなかったからだ。

 もともと物理学の根本のところをやりたくて、素粒子の研究を志望した。提唱した理論を実験で確かめ、双方が助け合って学問が発展していくイメージがあった。ところが、その頃の国内の研究の最前線は、理論が実験から離れ、どんどん数学的になっていた。海外では多様な方向が追究されるのに、日本はそうではなかった。興味を失い、研究室のなかで孤立した。

 そんなある日、高エネルギー加速器研究機構の萩原薫さんの集中講義があった。実験に寄り添った理論の話を聴き、「これだ!」と感激した。弟子入りを決意したが、萩原さんは長期の英国出張に出かけてしまう。やっと帰国したところで教えを請うと、今度は「1人に教えるのは効率が悪い」と言われた。全国行脚して仲間を集め、ようやく7人で合宿にこぎつけた。

 願っていた勉強が初めてできて興奮したのもつかの間。すでに博士課程2年の終わりだった。博士論文の提出期限まであと9カ月しかない。そこで、今は大阪大谷大学にいる渡部勇君と死に物狂いで、素粒子の反応を計算するソフトを作り、それを博士論文にした。ところが、論文の審査会では散々な目に遭った。理論系の先生からは「単なるコンピューターのプログラムだ」と言われ、実験系の先生には「これは実験のデータではない」と言われる。理論と実験をつなぐ研究は評価されなかった。

 このソフトは世界では評価され、今でも欧州合同原子核研究機関(CERN)の大型加速器「LHC」の実験で使われている。研究の進め方は国や組織によって様々だが、理論と実験が離れると科学は進歩しない。「このまま日本にいても評価されない」。米国行きを決心した。

◆村山斉

 むらやま・ひとし 1964年生まれ。専門は素粒子物理学。カリフォルニア大バークリー校教授。初代の東京大カブリ数物連携宇宙研究機構長を務めた。