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 昨年は「明治維新150年」とともに、「廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)150年」でもあった。神道の国教化に伴う仏教排斥の動きが、全国の中でも特に激しかったのが鹿児島や宮崎だった。地元では近年、被害に遭った仏像や寺の姿を広く知ってもらおうとする取り組みが相次いでいる。

 無残に体の一部が失われながらも、廃仏の嵐を免れた仏像など約100点。来場者は「鹿児島でまさか仏像展が見られるとは」と驚き、「おかわいそうに」「心が落ち着く」との声も相次いだ。

 一昨年の9~11月、鹿児島市の県歴史資料センター黎明(れいめい)館で開かれた「かごしまの仏たち」展。計約7千人が来場し、図録が増刷されるなど大きな反響を呼んだ。

 廃仏毀釈の動きは、1868年のいわゆる「神仏分離令」に端を発した。ただ鹿児島の場合は、鐘や仏像などを武器や偽金作りに活用するという狙いもあったようだ。鹿児島では島津家ゆかりの寺を含む1066の寺院がゼロになり、僧侶約3千人が還俗(げんぞく)させられた。現在、県内には481カ寺(『宗教年鑑』平成30年版)あるものの、国宝や重要文化財の仏像は1点もない。

 展示を企画したのは切原勇人・主任学芸専門員(54)。「仏像がないのでは」との声もあったが、3年ほどかけて本格的に調査。各地の郷土誌を丹念に調べると500を超え、教育委員会の協力で実地調査や撮影を重ねた。

 現存例の多くが、山中や土中、屋根裏、瓶の中などに隠されたことで難を免れていた。馬糞(ばふん)の中に隠されたという仏像は一部が腐食した。鹿児島に多い「田の神」と偽ったり、県外に持ち出されたりしたものも。離島ではサンゴでできた仏像も確認したという。一方、先祖からの言い伝えを理由に、切原さんが見せてすらもらえなかった個人宅の仏像もあった。

 「廃仏は確かに大変悲しいことだが、守り抜いてきた人がいたのも事実。そうした人たちの気持ちをくんで、前向きに考えていきたい」と切原さん。今後も県内に残る磨崖仏とともに調査を進める考えだ。

 長らく忘れられていたが、地元…

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