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 2009年の民主党の事業仕分けの際、「2位じゃだめなんですか」の質問で有名になった理化学研究所のスーパーコンピューター「京」。8月末に電源が落とされ、約7年の歴史に幕を下ろした。日本のスパコン開発の歴史をひもとくと、初めて計算速度世界一になった「数値風洞」、アメリカに衝撃を与えた「地球シミュレータ(ES)」、そして「京」と、技術者たちが追いかけた「世界一」の意味が見えてくる。(嘉幡久敬

 世界で初めてスパコンを開発したのは米国のCDC社。1960年代のことだ。一方、日本初のスパコンとされるのは富士通の「FACOM230―75APU」。77年に開発され、科学技術庁の航空宇宙技術研究所(航技研)で飛行機の設計に使われた。

 飛行機の開発は、空気の流れを人工的に作るトンネル型の装置「風洞」に機体の模型を入れ、空気抵抗を測定することで設計が行われてきたが、飛行機に求められる性能が高まるにつれ、コンピューターによるシミュレーションが必要になってきたためだ。

 70年代、世界ではクレイ社の製品「クレイ1」が圧倒的な性能を発揮し、商業的に成功していた。スパコンの性能(ピーク性能)は、1秒間に行える単純計算の回数で表される。その単位は「F」(フロップス)で、クレイ1の性能は160MF(メガフロップス、メガは100万)だった。つまり1秒に1億6千万回の計算性能があった。

 70年代の終わりになると、米航空宇宙局(NASA)エームズ研究所で風洞実験のシミュレーションをするスパコン開発計画が持ち上がった。これに対し、後に「日本のスパコンの父」と呼ばれる航技研の研究者、三好甫(はじめ)はこれを上回るスパコンを国産で開発しようと考え、富士通、NECと日立製作所に1GF(ギガフロップス、ギガは10億)を目指そうと呼びかけた。これに応え、富士通がVPシリーズ、日立がSシリーズの新型スパコンを発表。NECは初めて1GFを超えるスパコン「SX2」を開発し、この3社がスパコンの国際市場に参入した。

 三好は飛行機の実機を1台まるごとシミュレーションできるスパコン「数値風洞」を計画、富士通が開発して納入すると、87年ごろからさらに速いものを富士通と共同開発。93年に完成したスパコンは、米国の研究者らが主催し、世界のスパコンのピーク性能を競うランキング「TOP500」で、93年から95年まで世界最速の座についた。

 米国製をしのぐ国産スパコンが…

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