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 最大震度7を観測し、災害関連死を含め44人が犠牲になった北海道胆振(いぶり)東部地震は6日、発生から1年を迎えた。被災地では、亡くなった人をしのび、黙禱(もくとう)が捧げられた。土砂崩れ跡など地震の爪痕が色濃く残る中、遺志を受け継ぎ、前を向こうとする人たちがいる。

 6日未明、厚真(あつま)町役場職員の中村真吾さん(43)は弟の清人さん(42)と連れだって、かつて実家があった富里地区を訪れた。午前3時7分。地震発生の時刻に手を合わせ、三つのろうそくに灯をともした。跡形もなくなった実家の辺りを歩き、力いっぱい叫んだ。「お父さん、お母さん、ばあちゃん。どこ行った。会いたいよ」

 昨年9月6日、中村さんは強い揺れで跳び起きると、すぐに役場に行き、同僚と町内を回った。土砂で寸断された道を迂回(うかい)し、たどり着いた富里地区で目にしたのは、屋根まで土砂に埋もれた実家だった。両親と祖母がいたはずの家屋は、約100メートル先の川岸まで流されていた。

 避難していた住民に指示を出し続け、役場に戻ったのは午前7時半ごろ。町長から任務を外れるよう命じられ、両親と祖母の捜索を見守った。6日夜に両親が、8日朝に祖母がそれぞれ遺体で見つかった。

 父の初雄さん(当時67)は農業一筋。様々な作物の育て方などを熱心に勉強していた。母の百合子さん(同65)は高齢者施設で働き、みんなに慕われていた。君子さん(同94)も優しい祖母だった。

 家族3人を一度に失った中村さ…

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