元早大野球部監督の宮崎康之(みやざき・やすゆき)さんが8月26日、多臓器不全で死去した。88歳だった。葬儀は近親者で営んだ。喪主は長男重行(しげゆき)さん。

 戦後初めて甲子園での開催となり、学制改革で旧制中学としては最後の大会となった1947年の第29回全国中等学校優勝野球大会(いまの全国高校野球選手権大会)に出場した旧制小倉中(福岡、現・小倉高)の主将として、大会の九州勢初優勝に貢献した。

 早大に進み、広岡達朗氏(元ヤクルト、西武監督)ともプレーした。