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 闇の奥からとつぜん現れたがっちりした老人――三田村要造!

 川島芳子がぶるぶる体を震わせる。緑郎は眉をひそめ、頭(こうべ)を垂れて「ま、まさかこんなところでお会いするとは……」とつぶやく。猿田博士もあわてて居住まいを正す。正人はルイの前に立ちふさがって庇(かば)った。

 三田村要造は銃口を順に全員に向けながら「やはり君たちを追ってきて正解だったな」と嘯(うそぶ)いた。

「火の鳥調査隊が上海を発った翌朝。犬山君が、記録写真に写る“楼蘭の笛吹き王女”を発見した! なぜかガイドとして紛れこんだとわかり……。こんなことは今までなかった! どうやら今回は一筋縄ではいかない変則的な時空のようだな。しかし、我々“鳳凰(ほうおう)機関”は必ず目的を達成するだろう」

 猿田博士がおそるおそる、

「貴殿はいま、時空とおっしゃったな。それはマリアさんのいう“七回目の世界”のことですかな。つまり貴殿こそ、火の鳥の力を使い、六回も時を巻き戻し、この戦争の結果を左右している首謀者なのか……?」

 すると要造は博士の言葉に鼻で笑い、

「ふっ、七回目なんかではない。王女が知らないことも多い。この女の言い方を使えば、この時空は、正しくは“十五回目の世界”なのだ。哀れな王女は、九回目以降しか記憶していなくてな」

 マリアがおどろき、うごめいた。苦しげに呻(うめ)き、要造をキッと睨(にら)みあげる。

 猿田博士が「そ、それは一体どういう……」と聞きかけると、要造は博士の眉間(みけん)に銃口を押しつけ、

「説明する必要はない。時を巻き戻せば、いまここにいる君たちはまた消えるのだからな。我が偉大なる大日本帝国の未来のため、ユーラシア大陸すべてを我々の帝国の領土とするため、時は再び巻き戻される。そして新たな“十六回目の世界”がやってくるのだ!」

 猿田博士が黙って両腕を上げた。

 月明かりが廃墟(はいきょ)を冷え冷えと照らしていた。

 要造が緑郎に「王女に自白剤をさらに注射しろ。火の鳥の首をどこに隠したか吐かせるのだ」と命じる。マリアが悔し涙を流しながら、弱々しい動きで地面を這(は)い始めた。猿田博士が「いかん。これ以上打ったら致死量を超えてしまう」と止めに入るが、要造に銃口を強く押し当てられ、また両腕を上げる。

「致死量を超えたらなんだと言うんだ。緑郎君、女に隠し場所を吐かせ、火の鳥の首を手に入れろ」

 緑郎が従順に「ハッ! おっしゃる通りにします。お義父(とう)さん!」とうなずく。その声に猿田博士が絶望の表情を浮かべた。正人とルイも緑郎を睨む。芳子も怯(おび)えた顔つきで「おい、大将……」と首を振る。

 注射器の用意をし始めるが、緑郎の手がカタカタ震え、冷汗(ひやあせ)で滑り、何度も薬瓶を取り落とす。

 その間にマリアは力なく地面を這い、五センチ、十センチと、わずかずつだが緑郎から遠ざかっていく。「ぜったいに……教えない……。わ、わたしは、強くなったんだから……。ウルスみたいな戦士になったんだから……。ウルス、ザムヤード……。わたしの、家族……。こんな奴(やつ)らに、まっ、負けるもんかぁ……」と呻く。

 緑郎が「お義父さん、準備できました!」とはきはき言う。要造が「よし、やれ」と命じる。緑郎が「ハッ!」としたり顔でうなずく。

 マリアのもとに近づき、にやりとほくそ笑み、白く細い手の指を思いっ切り踏みつけた。マリアが「うーっ……」と呻く。「じっとしてろよ、美人さん」と笑い、マリアの腕を取り……。

 つぎの瞬間、緑郎は音もなく立ちあがり、要造の背後から飛びかかった。左手で注射器を持ち、要造のがっちりした首にその左腕を回す。同時に右腕で、要造の握る銃口の向きを変えさせる。

 要造は「ウォォーッ」と怒鳴り、老人とは思えない怪力で暴れた。緑郎の両足が地面からふわりと浮く。全身が左右に激しく揺れ、振り落とされそうになる。

 芳子が「大将!」と、正人が「兄さん!」と叫び、左右から要造に飛びかかった。ルイも無言で地面を蹴って跳躍し、背中の飾り刀を抜いて、要造の脳天に振り落とそうとする。と、緑郎がルイを見上げ「待てぇ! 殺すな!」と命じた。ルイがはっとし、刀をしまう。

 四人がかりでなんとか三田村要造を押さえつける。

 緑郎が目をぎらぎら輝かせ、

「あ、あ、洗いざらい吐くのは、貴様のほうだ! この老いぼれめ。よくもこのぼくを駒として使ったな」

 と叫び、要造の右腕に注射器をぶすりと刺した。要造がギャーッと叫び、抵抗して暴れる。緑郎はさらに押さえつけ、その顔を見下ろす。歯をむき出してヒステリックに笑いながら、

「火の鳥の力について、すべて話せぇ! 不思議な力の使い方、十五回も繰り返された世界のこと、これまでの全部、全部だっ! さぁ……話せーっ!」

 緑郎の絶叫が、冷えこむ夜の砂漠に響きわたった。

 要造は歯を食いしばり、目を血走らせ、何も言わんぞと緑郎を睨みつけた。だが次第に効き目が現れ、呻きながらも、話しだした。

「いまから四十八年前の一八九〇年のこと。私は帝都東京にいた。病を得て、休学し……ある日、不思議な男と会った。秘境を旅する大滝探検隊を率いる大滝雪之丞という男。まぁ、山師の一種だな……」

 その名を聞いて、猿田博士が「大滝雪之丞だと。なんと、わしもよく知っておる男じゃ」とおどろく。

 緑郎が「博士、まずはこやつの話を聞きましょう」と制した。猿田博士も「そうじゃな」とうなずく。

 星空の下、一同は三田村要造の声に耳を傾けて……。

 

 

  四章 東京

            一八九〇年四月

 

  その一 エレキテル太郎二号

 

 ぼく、三田村要造は明治四年(一八七一年)、帝都の日本橋で生を受けた。

 父は士族だが、明治維新を機に髷(まげ)を落とし、刀も古道具屋に売っぱらい、石油ランプの製造販売を始めて軌道にのせていた。母は病弱で、跡取り息子であるぼくを産んですぐ亡くなり、多忙な父との静かな二人暮らしだった。

 後に世界の未来を左右することになる我が“鳳凰機関”については、一八九四年から約十年暗躍した“第一次鳳凰機関”と、一九三一年から現在まで続く“第二次鳳凰機関”に分けて説明すべきだろう――。

 まずは一八九〇年の春。すべての始まりとなる、あの桜散る晴れた夜の出来事に戻らせてほしい。

 

 

「ヨーちゃーん、こっちだ、こっち!」

 洋風の赤レンガの街並みが続く銀座の大通り。

 着飾った洋装の通行人を、鉄製のアーク灯が眩(まぶ)しく照らしていた。乗合馬車がラッパを鳴らし、人力車もガラガラと車輪の音を響かせる。楽しげな話し声や、食堂から漏れる音楽が、星降る夜空に上っていく。

 馬車を降りたったぼくを、幼なじみの田辺保が手招きした。ぼくは「やぁ、やぁ、タモっちゃん」と飼い主に駆け寄る犬みたいに小走りになった。

 ぼくはこの年、十九歳。猛勉強の末、帝国大学法科大学に進んだものの、大腸カタルを患い、入学と同時に休学中の身となってしまった。田辺保に「気晴らしにぱーっと出かけようぜ」と誘われ、こうして似合わぬ夜の銀座に出てきたのだった。

 袴(はかま)にゲタ履きのぼくと、白衣を羽織り、胸ポケットからペットの二十日(はつか)鼠(ねずみ)を覗(のぞ)かせた保。それに保の友人の森漣(れん)太郎も一緒だった。森くんは痩せっぽちのぼくや小柄な保とちがい、すらっとした紅顔の美青年で、学帽も学ランもよく似あった。

 連れ立って檸檬(れもん)茶館という食堂に入る。慣れない店であたふたしていると、洋装の女性給仕が「田辺さんと森さんじゃないの」と近づいてきた。保が「今夜は幼なじみを連れてきたんだ」と笑顔で、

「ヨーちゃん。この子、看板娘の夕顔さん!」

     ◇

〈あらすじ〉 〈三章 楼蘭 その二 廃墟(はいきょ)の七人〉。緑郎たちは、マリアの告白から、火の鳥の力で日本軍が歴史を改変、さらには自分たちが利用されているらしいと知り、黒幕の存在を疑う。「心当たりがある」という芳子は、上海の三田村要造の屋敷の地下で、「鳳凰(ほうおう)機関」と看板がかかる部屋をみつけて關東軍の幹部らを目撃したこと、楼蘭に向かう途中の飛行場で要造に出くわしたことを明かす。すると、銃声が響き、廃墟に7人目の人物――がっちりした体格の老人が姿を現したのだった。