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 ふるさとの台湾・台北で名人戦第2局に挑んでいる張栩名人(39)。一度は無冠になったところから、昨年名人に返り咲きを果たすまでの道のりには、家族で台湾に戻って暮らした時期があった。凱旋した母国でいま盤面に向かう名人は、どのように“復活”を果たしたのか。支えた人々を訪ねた。

 芝野虎丸八段(19)らと台湾入りした翌9日の午前、張さんは対局場となる「シャングリ・ラ ファーイースタンプラザホテル台北」から徒歩数分のビルに入る「海峰棋院」に向かった。名人戦の関連催事に集まった囲碁好きの子どもたちが台湾に来た棋士らの指導碁を受ける様子などを見たあと、今年台湾でプロデビューした徐靖恩(じょせいおん)初段(12)と久しぶりに手合わせをした。

 妻でプロ六段の小林泉美さん(42)と2人の娘を連れて台湾に移り住んだのは、2015年5月から16年7月までの1年余。台北市近郊で父親が営む囲碁教室で週2回、プロを目指す子どもたちに教えた中の一人が徐さんだった。「怒ることのない優しい先生だったけど、囲碁のマナーには厳しかった」と徐さん。張さんはかつて自身が対局場所を間違えて不戦敗になった経験なども話し、プロになった時には「失敗を恐れず、頑張れ」と励ましてくれた。再会したこの日も「まだまだ上にいける」と声をかけられたという。

 「いつか国際大会で張栩さんと対局し、勝って恩返ししたい」

 海峰棋院。名人通算8期・本因坊5期など、台湾出身で日本で活躍し、王貞治さん(79)と並ぶ人気を誇った林海峰名誉天元(77)の名を冠した囲碁団体で、多くの棋士が日々研究に励む。

 張さんはここに顔を出しては、毎回、若手4~5人を相手に「早碁」を打っていた。台湾の4大タイトルの二冠を保持する林君諺(りんくんげん)八段(21)は「すごく判断が速く、ほとんどの勝負に勝っていた」と振り返る。対局時の心の整え方、囲碁をどう広めていくかなど、「棋士としてのあり方も多く教えてもらった。トップレベルの人なのに、育成にも力を入れているのがすごいと思った」と話す。

 この台湾移住の理由について、張さんは周囲に多くを語ってはいない。だが妻の泉美さんによると、「実は勝負をかけた決断だった」という。

 10年に史上2人目となる七大…

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