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 山岳遭難を防ぎ、安全な山登りをする上で、重要な役割を果たしているのが登山道です。整備された登山道は、転倒の危険も少なく、道迷いの不安もほとんどありません。北アルプスの長野・岐阜県境にそびえる双六(すごろく)岳(2860メートル)の登山ルートの「小池新道」は、石畳のように整備された箇所が多く、山岳関係者から「北アルプスで最も歩きやすい」と好評です。私もよく訪れていますが、年々、整備も進んでいます。誰がどんな方法で整備しているのか、8月下旬に探ってきました。

 小池新道は、岐阜県側の登山口・新穂高温泉から入山します。わさび平小屋(約1400メートル)の先までは林道を歩き、分岐点から登山道がスタート。ここから樹林帯の道が鏡平山荘(約2300メートル)まで続き、その先は低木やハイマツが茂る高山帯になって快適な稜線(りょうせん)歩きとなります。

 夏場は、高山植物が咲き乱れ、ライチョウの親子連れが遊ぶ北アルプスならではの雲上の山道を歩くと、終点の双六小屋(約2600メートル)に到着します。標高差は約1200メートル、全長約10キロの登山道が小池新道です。わさび平小屋を含めて小池新道のルート上にある鏡平山荘と双六小屋の三つの山小屋は、小池岳彦さん(45)が経営しています。

 まず驚かされるのは、登山口から続く石畳のような石の配置です。段差は、人が歩きやすいように配置され、まるで山寺の参道のようにも見えます。さらに、ペンキで矢印や○などの記号が記され、視界が悪い天候でも、こうした目印をたどっていけば、ルートを外すことは少ないでしょう。

 急傾斜や岩場がほとんどなく、上りも下りも、自然な体勢で足を出せば体力をそれほど使うことなく、進んでいけます。また、中間地点でいちばん傾斜がきつくなる鏡平山荘への上りでは、山荘が近づくにつれて「鏡平マデ500m」「あと5分」の文字が岩に白いペンキで書かれ、登山者を励まします。

 登山道を登り切った鏡平は、「槍(やり)・穂高連峰の展望台」と呼ばれ、鏡池に映る槍ケ岳の雄姿に心を奪われます。鏡平山荘の名物は、かき氷です。夏場、汗をかきながら登った後に、かき氷を食べると体がすーっと冷え、身も心も癒やされます。

 鏡平山荘から稜線への登山道を歩き、弓折乗越(のっこし)に着くと、鎌を持って登山道の草刈りをしている2人の男性に会いました。小池新道終点の双六小屋の支配人、川上康人さん(30)と小屋の従業員でした。川上さんは「明日、本格的に道直しをするので、その下見とイネ科の植物を刈り取っています」と説明してくれました。

 「道直し」というのは、登山道の整備のことです。北アルプスでは多くの場合、登山道の整備・補修を山小屋が担っています。例えば、槍ケ岳と双六岳は、西鎌尾根で登山道がつながっています。

 登山道の整備は、槍ケ岳山荘と双六小屋が山小屋からほぼ中間点までを担当しています。登山道のほとんどは人里離れた険しい地形の場所が多く、ブルドーザーなどの重機は使えません。石の配置や草刈りなど全て人力で行います。また、北アルプスは国立公園でもあり、自然保護の観点から高山植物の保全などの配慮が必要です。

 川上さんは2014年にアルバイトとして双六小屋で働き始め、17年から小屋の支配人を任されています。道直しの師匠は、小屋の経営者の小池岳彦さんです。「最初は、岳彦さんの補助として手伝っていましたが、登山道が改修さされていく様子が目に見える形で実感できるのに感動しました。また、登山客から『歩きやすい道ですね』と声がかかると、がぜんやる気がでてきます」

 

 小池新道の整備に力を入れ始めたのは、岳彦さんの父の潜(ひそむ)さんでした。段差を小さくして歩きやすくすれば、転倒や滑落などの事故が減ります。高齢者だと、ねんざや骨折などの事故につながりかねません。「父は『登山道の整備は、バリアフリーの整備の気持ち』と話していました」と岳彦さんは笑顔で説明してくれました。

 バリアフリーの発想は、川上さんら従業員たちも引き継いでいます。道直しの箇所の選定について、川上さんは「登山客の動きを観察することから始めます」と説明してくれました。登山者が真っすぐの姿勢でなく、体を横向きにするなどの姿勢で下りていれば、段差が大きい証拠です。こうした場所に、石を配置するなどして歩幅に合った改修をするそうです。

 また、登山道には草や木が生えていません。大雨が降ったりすれば、水路と化して登山道脇の土壌を浸食します。高山帯の脆弱(ぜいじゃく)な自然を守るため、「水切り」の作業が必要となります。木板を少し斜めに配置して、登山道脇の低木帯などに自然に水を流すような工夫を施すのです。

 道直しでは、木板などの材料や金属製の杭、ハンマーなどの用具を背負子(しょいこ)やザックで運び、現場で調達する石の配置など作業は、すべて人力で行います。登山道は、冬場の積雪による雪崩や風水害などが原因で毎年、補修が必要となります。

 国立公園内の登山道の整備は本来、国や地元自治体などが行うべきだと思います。しかし、実際は山小屋やボランティアたちが善意で行っているケースが目立ちます。行政から登山道整備の補助金が出るケースが多いのですが、十分な額とはいえません。山小屋の多くは民間経営ですが、安全登山のため、小池新道のように積極的な整備がなされているのです。

 今夏、小池新道を訪れた際、山の中を駆け抜けるトレイルランニング(トレラン)の愛好家の姿が今までになく目立ちました。トレランの愛好者は、ジョギングシューズのような軽量の靴で、荷物をほとんど持たず、登山道を走り抜けます。整備された小池新道は、トレラン愛好者にとってこの上なく、走りやすい登山道です。

 しかし、整備の目的は転倒防止など高齢者や子どもへの配慮が主目的。大勢のトレラン愛好者が駆け抜ければ、すれ違いで一般登山者が事故に遭う恐れや植生保護の面からも登山道が傷む心配があります。こうした面からも、一般登山道で登山者が多く訪れる夏場などは、トレランを控えるべきでしょう。

 警察庁によると、昨年、全国で発生した山岳遭難は2661件、遭難者は3129人でした。いずれも、統計の残る1961年以降、最も高い数値です。態様(状態、様子)別では、驚くことに道迷いがトップで37・9%でした。2番目が滑落17・4%、3番目が転倒15%と続きます。こうした数字からも登山道の整備の重要性が理解できると思います。

 小池新道の三つの山小屋は10月中旬まで営業しています。登山道の整備について考える上でも、ぜひ訪れてみてください。

<アピタル:近藤幸夫の山へ行こう・健康と安全>

http://www.asahi.com/apital/healthguide/climb/(近藤幸夫)

近藤幸夫

近藤幸夫(こんどう・ゆきお) 朝日新聞山岳専門記者

1959年。岐阜市生まれ。信州大学農学部卒。86年、朝日新聞入社。初任地の富山支局で、北アルプスを中心に山岳取材をスタート。88年から運動部(現スポーツ部)に配属され、南極や北極、ヒマラヤで海外取材を多数経験。2012年から日本登山医学会の認定山岳医講習会の講師を務める。現松本支局長兼山岳専門記者。

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