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香取慎吾とゆくパラロード

 朝日新聞パラリンピック・スペシャルナビゲーターの香取慎吾さんがさまざまなパラ競技に挑戦してきた「慎吾とゆくパラロード」。今回は東京五輪・パラリンピックの「顔」として、選手らとともに大会を作り上げる「ボランティア」を体験しました。本番で活躍するボランティアは約13万人。その1人となって想定される役割を担いました。

 東京パラリンピックの競技会場に目の見えない観客が訪れた。行きたい場所に行けず、困っているようだ。そんな時、頼りになるのがボランティアだ。

 《ボランティアをしている香取慎吾です。よろしくお願いします。何かお手伝いが必要でしょうか? どちらに行かれますか?》

 香取さんは、東京都内で開かれた大会1年前イベントでボランティアを体験。まずは「道案内」に挑戦した。指導役の日本財団ボランティアサポートセンター(ボラサポ)の沢渡一登さん(36)にコツを教えてもらった。

 《相手が誰だか分からないと不安になるのでまずは自己紹介をし、サポートを申し出て下さい。そして、半歩前を歩く形で周囲の情景を伝えながら案内してあげるのがいいと思います。》

 香取さんは誘導しながら、道沿いにあるイベントブースの様子や売り物などを、元ゴールボール選手で全盲の村松芳容さん(28)に言葉で伝えた。道中には小さな横断歩道があった。

 《狭い、いや、狭くないか。横に並んだままで行けそうだけど……。》

 説明に困った香取さんに沢渡さんが助言を送った。

 《「私の後ろについてきて下さい」と言えば、村松さんも安心して、安全に渡ることができます。》

 100メートル先の目的地に無事到着。香取さんは初体験の難しさを口にした。

 《たくさんの情報を説明したいんだけど、見えている物をいざ言葉にするというのは大変。色々なサポートの仕方を勉強しないと。》

ドーピング検査の補助も

 「大会ボランティア」の活躍の場は多岐にわたる。競技会場や選手村で観客や選手らを案内するほか、関係者の会場移動のために車を運転したり、ドーピング検査の補助をしたりする。今後、ボランティア希望者はそれぞれの役割が決まり、実際にどうサポートするのかを学んでいく。

 香取さんは思った。

 《これまでは選手に会って競技を体験してきたけれど、大会を支えるボランティアはすごくやりがいがある。大会を成功させるには、この顔ともいえる存在は欠かせないんだね。》

 村松さんも大会ボランティアに応募した1人だ。でも葛藤があったという。

 《目の見えない僕が応募して逆に迷惑になるのではと思いました。でも、そんな自分でもできることがあると分かったんです。》

 ボランティアの活動を裏で支えるボランティアもいる。沢渡さんが言った。

 《受付や熱中症対策で飲み物を用意するなどの役割がある。障害のある方も外国籍の方も、みんなで一緒にチームで取り組むのも醍醐(だいご)味(み)の一つなんです。》

 ボランティアの受付を想定し、香取さんは村松さんとビブスやステッカーを渡し合った。ビブスの前後が分からない村松さんに、香取さんはそっと手を伸ばして、着させてあげた。

 香取さんは言った。

 《障害があってもなくても大会に参加したいという気持ちは変わらない。支えたい、みんなで何かを成し遂げたい、その気持ちこそが大会成功の秘訣(ひけつ)なんじゃないかな。》

 村松さんの表情が和らいだ。

 《そうやって応援していただけるのは本当にありがたい。僕ができることは何でもやる。その思いがさらに強くなりました。》

プロフィール

 村松 芳容(むらまつ・よしひろ) 1991年、静岡県生まれ。ソフトボールや陸上をしていた13歳の時に「低酸素脳症」を患い、視力を失った。筑波技術大でゴールボールを始め、選手として活躍。鍼灸(しんきゅう)師の資格を持ち、現在は特別支援学校の教師になるため、筑波大理療科教員養成施設に通う。

 沢渡 一登(さわたり・かずと) 1982年、群馬県生まれ。日本財団に入会後は、福祉関係の助成金の審査を担当。2011年の東日本大震災の際には発生直後から現地入りし、学生ボランティアをコーディネートした。17年9月に設立された日本財団ボランティアサポートセンターの事務局長を務める。