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 奈良市の平城宮跡(特別史跡)から約1キロ離れた市立一条高校の敷地内から、邸宅跡とみられる遺構がみつかった。専門家によれば、約250メートル四方に及ぶ大邸宅だったとみられ、有力貴族の邸宅跡の可能性が高まっている。平城宮周辺で同じ規模の宅地は、飛鳥時代に律令国家づくりを進めた天武(てんむ)天皇の孫で、奈良時代初めに権勢を誇った長屋王(ながやおう)や、大化改新を実行した藤原鎌足の息子で、藤原氏繁栄の基礎を築いた不比等(ふひと)の邸宅があり、古代史の表舞台に登場する著名人の邸宅跡が次々に明らかになりつつある。

 平城京は710年、藤原京(奈良県橿原〈かしはら〉市)から遷都され、中国唐の都・長安をモデルに、碁盤の目状に東西南北を走る道路で区画され、歴代天皇が住んだ皇居や官庁街にあたる平城宮から南にのびる朱雀大路を境に東の左京、西の右京に分けられていた。

 奈良市埋蔵文化財調査センターが今年5月から、市立一条高校の講堂建設に伴って発掘調査を実施。調査地は平城京の「左京一条三坊」と呼ばれる区画の一部(約830平方メートル)にあたり、奈良時代から平安時代初めにかけて築かれた建物跡8棟や塀跡が出土した。大規模な邸宅が長期にわたって存在したとみられる。

 平城京の最小の区画は「坪(町…

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