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 コンピューターゲームで競う「eスポーツ」について、前回は国内で広まり始めている最前線をみてみました。普及の一方で、ゲーム依存を助長するのではないかという懸念があるのも確かです。eスポーツをどのようにとらえ、どんな対策が求められるのか。その付き合い方をみなさんと考えていきます。

ゲーム 光の当たる舞台

 eスポーツを、スポーツ界と産業界をまたいだ視点からはどう分析できるのか。日本スポーツ産業学会の運営委員長を務める早稲田大の中村好男教授(スポーツ科学)に聞きました。

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 eスポーツは「ゲームの健全化」への動きと言えるでしょう。

 ゲームはもともと、子どもがこっそり遊ぶもので、親は眉をひそめるものの、「時間を決めてやりなさい」と完全否定まではされない存在でした。その日陰に追いやられていたものを日なたに出し、社交的な営みとして位置づけるチャレンジともいえます。

 それを利用するのはゲーム業界であり、国際オリンピック委員会(IOC)でもあります。スポーツの権威をまとえばゲームの日陰性は払拭(ふっしょく)されるし、スポーツ離れする若者に秋波を送りたいIOCにとっても魅力的です。いわば大人の都合です。若者のひそやかな楽しみが既存のスポーツの枠組みに取り込まれてきた歴史としては、五輪種目になったスノーボードや自転車のBMXが同じです。

 中毒性はどうでしょう。「勉強のやり過ぎ」が何も言われないように、既に大人の世界で認められた価値観においては問題にされないものです。しかし、ゲームは日陰者だから、ことさら強調される面はないでしょうか。

 暴力性との関連についても、リアルスポーツこそ危険や暴力性が内包され、その抑制に腐心してきました。

 ボクシングよりも格闘ゲーム「ストリートファイター」の方が余程安全だし、ゲームの中では乱闘もラフプレーも起こりません。暴力性を極力排除したスポーツがeスポーツ、という見方ができます。

 どうせ子どもはゲームをします。「必要悪」と思われているゲームを、親や先生が知らないところですることから、衆目の下でする方向性へ。学校のeスポーツ部の誕生も、健全化への一歩を踏んでいるといえます。(編集委員・中小路徹

過剰課金の恐れにも注意

 eスポーツの普及の中で留意すべきことは何でしょうか。健全なカジノ産業のあり方を調査研究する国際カジノ研究所の木曽崇所長に語ってもらいました。

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 ゲームをeスポーツという競技ととらえるなら、それに集中して長い時間プレーすることは、甲子園を目指す少年が一日中野球をやっているのと同じ。ゲームだけを責める理由にはなりません。

 依存とは、それにはまりすぎて、その人の経済事情、社会的生活に支障を来してしまう状態です。学生なら、勉学をおろそかにしてはならないのは当然のことです。やりすぎが問題であることを、野球やサッカーとゲームを同じ文脈で語る必要があります。

 産業側は、eスポーツの社会的認知を深めるため、競技が持つプラスの効用をしっかりアピールするのとともに、はまりすぎてネガティブな状況が起こり得ることを前提に、これから対策を研究していかないといけないと思います。

 ゲーム依存には二つの側面があります。一つは、オンライン上で対決する中での特定のコミュニケーションへの依存です。もう一つは、課金型ゲームへのギャンブル依存に近いものです。eスポーツとされる分野にもプレーに課金されるものがあります。

 後者に関しては、未成年だと小遣いの範囲を超えて親のクレジットカードに手を出すなど、問題が拡大する傾向があるので、特に親が注視する必要があります。(中小路徹

生活乱さぬ線引き必要

 ゲーム依存を助長する心配はないのでしょうか。ネット依存外来がある国立病院機構久里浜医療センターの樋口進院長に聞きました。

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 当院の外来で、eスポーツにからむ患者は増えています。以前から、ゲームを過剰にやり、朝起きられない、学校に行けない、学業成績や仕事のパフォーマンスが大幅に落ちるなど、生活に深刻な影響を受ける状況はありました。それを親は問題ととらえ、改善を望むわけです。

 ところが、eスポーツというジャンルが確立されつつあることで、「プロを目指す」「将来、この世界に貢献したい」と、ゲーム依存の状態にある本人たちが問題と認識せず、改善へのスタートラインに立てなくなっています。

 いったい、何人がeスポーツで食べていけるでしょうか。プロにならなかった時、彼らの将来に何が残るでしょうか。子どもに冷静な判断は難しい。eスポーツに関係する人の話だけを聞き、関係しない人の話に耳を貸さなくなります。当院に来ている方々がそうなのです。

 こういう子どもたちをeスポーツ業界が救うなら話は別ですが、そんなことはできないでしょう。少なくとも、過剰使用や依存の問題があることくらい、明確に情報として流すべきです。

 学校にeスポーツ部も誕生していますが、ゲームは夜中に強い選手が出てくることが多く、やり込むと生活が乱れる点が他の部活動と違います。しっかりと線引きをしたプランの中で部活動が進行しているかどうか、が問われます。(中小路徹

オンライン依存こそ問題

 eスポーツはゲーム依存を助長するのでしょうか。昨年2月に複数の競技団体をまとめて発足した「日本eスポーツ連合(JeSU)」の浜村弘一副会長に聞きました。

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 ゲーム依存については、誤解が大きいと思います。問題として主に指摘されているのは、いわゆる「オンライン依存」ではないでしょうか。

 例えば、オンラインゲームの中でみんなでドラゴンを倒そうとプレーヤーが集まり、深夜から未明にかけてプレーしてしまう。みんなから「あなたがいないと勝てない」と言われ、その世界のヒーローになり、寝ないで学校や会社に行く。そこでは寝不足でつらくて怒られ、やがてネットの世界を中心に生活してしまう。この依存はゲームそのものにではなく、ゲームの中のコミュニティーに依存しています。

 一方、eスポーツのプロ選手は負けるとランキングが落ちてしまうため、体調が悪い時はやりたがりません。対戦には持久力が必要なので、体を鍛えたり、遠征に栄養士がついていったりします。プロの選手は明らかに依存症とは正反対にいます。

 ただし、eスポーツのプロ選手を目指す小さな子どもたちが「うまくなるために練習しているんだ」と言ってゲームばかりやることはあるかもしれません。これは保護者と一緒にゲームの時間を決めるなどのルールをつくれば問題ありません。ゲームが出てきた当初から言われている普通のことです。

 われわれは、コンピュータエンターテインメント協会(CESA)、日本オンラインゲーム協会(JOGA)、モバイル・コンテンツ・フォーラム(MCF)とともに、「ゲーム依存」とはどのように引き起こされ、どのような症状なのか、大学教授ら有識者で作る研究会に調査研究を委託しています。対策を練りつつ、eスポーツとゲーム依存は切り離して考えるものとして提示していきたいと考えています。(久保田侑暉)

観戦し将来性感じた・稼げるのは一握り

●一生懸命の成果出せる

 何かに一生懸命取り組むことはいいことだと思う。それが勉強であれ、スポーツであれ、ゲームであれ、同じこと。今まで全く日の目を見ることがなかったゲームというジャンルにおいて、一生懸命やった成果を出す場として、eスポーツという舞台が整いつつあることは喜ばしいことだと私は思う。(プレーしている 秋田 男 30代)

●リアル体験遠ざける懸念も

 eスポーツは人と人のつながりや交流を広げる可能性を持つと思うが、同時に、リアルに人と接触することを嫌ったり怖(おそ)れたりする人も生むリスクを、同時に併せ持つと考える。(プレーも観戦もしたことがない 東京 女 40代)

●人生設計にも配慮必要

 どのスポーツでもそうですが、その道で食えるようになれるのは一握りの人だけです。世界ランカーになった等のある一定の成績を残せればその世界で生き残ることができると思いますが、eスポーツは他のスポーツ以上につぶしが利かなさそうなので、育成から引退後の人生設計まで考えられる組織・しくみが必要だと思います。(プレーしている 東京 男 50代)

●愛好者の環境守って

 eスポーツという言葉が出てくる前から対戦ゲームの大会等に出たりしているが、eスポーツという言葉によってゲームを楽しむ環境がより良くなるのであれば、とても良いことだと思っています。ただeスポーツという言葉によって、今までゲームを楽しんでいた人たちの環境が崩れたりしてしまうことがもしあるのであれば、それは望ましいことではありません。今の過剰な持ち上げ方はその危険性があるようにも感じるので、慎重かつあらゆる協力を得て、より良い環境がこれから作られていくことを望んでいます。(プレーしている 東京 男 30代)

 ●依存症の問題取り組んで

 IOCがeスポーツに関心を示すのは、そこにお金が集まっているから。WHO(世界保健機関)もゲーム依存症を病気としているのに、これまではeスポーツのニュースで依存症の問題を取り上げていないように思う。eゲームを「スポーツ」と呼ぶのは、身体活動・健康面ではスポーツとは真逆な実態を隠すものだと思う。eゲームと呼んで、依存症の問題などに正面から取り組むべきだと思う。(プレーも観戦もしたことがない 福岡 女 60代)

●否定より適切な導き方で

 通常のスポーツでも若い子は身体や精神を壊すというリスクと戦っているのと同じで、同様にゲームにもリスクはある。それを通常のスポーツと同じように、大人がどう導いてあげるかでeスポーツの在り方も大きく変わる。頭ごなしに否定せず多種多様な文化への理解を示すことが日本人には必要かと思う。(プレーしている 奈良 男 20代)

●ハンディによる制約少ない

 身体や性別、年齢による制約が少ない競技として、また離れた相手とも競い合うことが可能なことが他のスポーツとの大きな違いかと思う。昨年の秋くらいから始めたが、オフラインの対戦イベントなどを通じて年齢、性別、国籍を問わずたくさんの仲間が出来た。互いに競うという本能的な欲求に制約がかかる昨今では安全に競技を楽しめる貴重な種目なのではないだろうか。

 e-Sportsという呼び方そのものについては、分かりやすく広まる、という事であれば何でも良いかと。そもそもスポーツの定義が日本でずれてしまっているだけの問題であるし、何かを努力して競うあい、お互い成長する、素晴らしいことだと思う。(プレーしている 東京都、男、40代)

 ●業界の思惑につられそう

 娯楽の延長としては、海外との交流も生まれて良いと思います。現在のeスポーツは、賞金・ゲーム制作会社の思惑などにつられているように見えます。自分の子供がeスポーツを語る時も、賞金がいくらもらえるなど、まるで宗教にのめりこんでいるかのように見え、健全には思えません。(プレーも観戦もしたことがない 千葉 男 50代)

●観戦して将来性感じた

 スポーツではなく何か他の名称はないのかな?と思う。私は最初否定的だったけど、eスポーツのワールドカップを観戦してみると、観客の数、賞金総額がもの凄(すご)くて度肝を抜かれました。将来性を感じたし日本はおくれているんだなと思いました。eスポーツを観戦したことのない人が否定的な意見になりがち(私を含め)なので、意見をするなら一度観戦してみてからの方がいいと思います。(プレーはしないが、観戦する 福岡 女 30代)

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 eスポーツを取材すると、運動が苦手な人や障害者など、スポーツからこぼれがちだった層をすくい取る面や、現実には到底できないことができる楽しさなどの創造性に包まれていることがわかります。一方で、コンピューターを媒介することによる様々な弊害もありそうです。多様な視点からの研究はこれからだと思います。(編集委員・中小路徹

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 小中学生の頃は、友人の家に集まってゲームをするのが人気の遊びでした。多人数でのトーナメントや圧倒的な強さを誇る友人のプレーに興奮した記憶が取材でよみがえりました。しかし、ゲームの観戦だけを楽しむ人はまだ多くないようです。将棋やバスケットボールのように新たなスターの登場が起爆剤となるのか注目しています。(久保田侑暉)

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アンケート「幼児教育・保育の無償化、どう受け止める?その2」と「『イクメン』どう思う?」をhttps://www.asahi.com/opinion/forumで実施中です。ご意見はasahi_forum@asahi.comメールするへ。

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