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 有名人の本でもなく、アイドルの流行歌でもない。主人公はどこにでもいる高齢夫婦。川崎市の宮本英司さん(72)・容子さん(享年70)夫婦の極私的な物語が共感を広げている。がんで闘病し、昨年1月に亡くなった容子さんの詩を紹介してつづった英司さんの新聞投稿が本になり、歌になった。出版・音楽業界ともに冬の時代、何が人々の心に刺さったのか。本にした編集者と、歌にしたプロデューサーに聞いた。

 宮本さん夫婦の物語を「妻が願った最期の『七日間』」(サンマーク出版)として書籍化した編集者、鈴木七沖(なおき)さん(55)は「2人が有名人じゃなく一般の人の目線だからこそ、自分の人生を重ねて共感する読者が多いのでは」とみる。出版後に寄せられた読者のはがきは100枚を超えた。多くが2人と同世代の60~80代で、亡き伴侶への思いを語る文面が目立つ。

 「高齢化社会で、自分事として考える人が多い」。夫や妻を亡くした後の時間も長くなりがち。鈴木さん自身も妻を乳がんで亡くし、そう実感するという。

 内容が団塊世代らが元気だった「アナログな時代の温度感に満ちていた」ことも共感を広げたと考えている。読者からは「懐かしい時代を感じた」という声も。「平成も昭和も遠ざかりつつある今、通り過ぎた時代を思い出したい思いは強い」

 早稲田大学の同級生だった2人の出会いは、東京五輪翌年の1965年。高度経済成長期の最中だった。2人を結びつけた時代の風景が色濃く描かれている。出会った当時、学園紛争で校舎が閉鎖され、喫茶店に入り浸るうちに距離が縮まったこと、新婚旅行気分で出かけた「卒論旅行」の足は、上野発の夜行列車。結婚後の新居は、神田川の近くの風呂なしの木造アパート。風呂屋に行っては《「神田川」の歌の世界のように、入口で待ち合わせて帰った》。

 高度経済成長の波に乗り、住まいは借家、社宅とグレードアップした。長男が小学校に入るころには《ベランダでキャッチボールができそうな》《夢のような3DK》へ移り、その後は庭付きの新築一戸建てマイホームも建てた。

 出会いから半世紀。孫もでき、老後はこれからだった2人の間に病の壁が立ちふさがった。容子さんにステージ4の小腸がんが見つかった。

 入院中、《家に帰ったら、何が…

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