歴史家の故・家永三郎氏が国の教科書検定を問うた裁判の有力支援者だった野田義光さんが6月20日、名古屋市守山区の自宅で老衰で亡くなった。86歳だった。傍聴に60回以上通って独自のミニコミ誌で伝えるなど、突出した活動で知られた。

 家永氏は、教科書検定は憲法が保障する「表現の自由」や「検閲の禁止」などに反するとして提訴。裁判は1965年から32年続き、最高裁は検定制度自体は合憲としつつ、「南京大虐殺」「七三一部隊」などの削除や修正を求めた検定意見を「裁量権の逸脱」として違法と認定した。

 全国の支援会員2万人中、愛知県連は一時、最多の2700人を占めた。その県連会員向けのB4判1枚のニュースが「きょうかしょさいばん通信」だった。野田さんは県連事務局入りした71年から22年間にわたってほぼ毎週発行を続け、716号を数えた。後に3分冊で復刻出版した。

 最初こそ学習会や会員拡大の告…

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