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 認知症になった人に、その事実をどのように伝えたらよいか――。今回は当事者にも家族にも大切な「告知」について考えたいと思います。かつて「がん」の場合にも告知をするか、しないかの二元論で語られた時代がありました。今では適切な対応ができるようになっていますが、認知症の場合にも告知をためらう場合も多く、みんなで考えていくべきテーマです。

告知で不安が解消

 私が医師になった28年前、当時の大学病院の医局での診療の際にも、積極的な告知はしていませんでした。認知症という病名を口にできない雰囲気もありました。そんな時代に受診した女性を取り上げてみましょう。

 76歳の女性、高橋恵子さん(仮名)は一人暮らしで身寄りがありません。彼女は、近所の人に「あなた、物忘れがひどいわよ」と言われたことを気にしていました。それまで「しっかり者だ」と自分に自信があっただけに、そのような指摘を受けることで「他人から変な眼で見られていないか」心配でした。

 そんな彼女が大学病院を受診した時、「当事者が何を望むのか」を大切に診察する私の先輩精神科医が、高橋さんの目を見ながら「あなたは病名告知を希望しますか」と確認しました。そののちに、はっきりと「高橋さんはアルツハイマー型認知症です。でも、本当に初期なのでこれからが勝負です。一緒にどうすれば悪くならないかを考えていきましょう」と告げました。すると彼女の眼は安堵(あんど)で輝き、先輩の助手をしていた私には、高橋さんに希望の灯がついたことがわかりました。先輩は彼女が独り身であること、そして、自らの意思で責任ある「この先」を決めたいと思った気持ちを大事にしました。

 不思議なもので、疑心暗鬼になっていた彼女にとって、正確な情報が伝えられ、「一緒にやろう」と言ってくれる存在がいることは、その後の闘病にも大きな力になりました。

マイナスになる場合も

 しかし、告知を慎重に考えなければならない場面も少なくありません。81歳の男性、山本郁夫さん(仮名)は10年ほど前に妻と共に私のクリニックを受診されました。聞けばそれにさかのぼる3年前、ある街の中心部にある大病院を受診した際にアルツハイマー型認知症の診断を受けました。「物忘れは年相応かな」と思っていたのに、妻と受診した診療室で担当医は彼や妻の気持ちを聞くことなく、「アルツハイマーの初期です。今後3年ほどで記憶が薄れていくでしょう。7~8年たつと寝たきりになるでしょう」と一方的に告げてきました。夫婦はとても驚いたそうです。その後、やり場のない怒りが満ちてきました。その結果、「医者の一存で告知されてこころが傷ついた」と言って私の診療所に転じてきたほどでした。

 紹介した山本さんの話は、もう13年ほどたった話です。当時は告知の重要性を認識しなかったことを自戒と共に書き記します。特に認知症の当事者が現在のように「自分はこういうことを望む」と意見を言う機会が少なく、社会にも誤解があって「認知症になった人には何もできない」という短絡的な解釈が主流でした。当事者ではなく家族の希望しか聞かないこともありました。当事者が望むなら告知を、そして望まないなら告知の時期を考えることが大切です。

人生観や価値観に配慮

 このように告知を受けることが絶望になってはいけません。だからといって「告知はしない」というのも当事者や家族の権利を認めないことになります。私の場合には初診の診察時に「もし、病気だとすれば告知を希望しますか。それともだれかご家族に告げましょうか」と必ず聞くことから始めています。どういう方法や選択肢が良いのか、今でも迷うことがありますが、その人の人生観やスピリチュアルな価値観に基づく決定でもありますので、診療する側として最も配慮すべきことだと思います。

 私の経験では認知症の告知を受ける当事者が本当に自分の病名を聞きたいと願っているときには、告知をする方がその人の安心につながります。実際、最初に紹介した女性の高橋さんのような立場の人の場合、自分の病気をしっかりと聞き、今後の方針や生き方に自分なりの覚悟を持つことが、その後の病気への不安や恐れを払拭(ふっしょく)することにつながります。そのような人は少なくありません。

 しかし、二人目に紹介した男性の山本さんのように思ってもみなかった病名を聞かされてがくぜんとし、こころが深く傷ついた場合には、その後の認知症の悪化が早くなることもあります。初めて受診した医療機関がどう診察し、どのように告知するのかを前もって知ることは容易ではありません。しかも同じ医療機関でも担当した医師によって告知への態度が異なる場合もあります。

 ゆえに私からのアドバイスとしては、当事者や家族が初診の際に告知を希望するか、どういうことに配慮してもらいたいかを、箇条書きで良いので数行のメモに書いて初診時に意思表示をすることをお勧めしています。メモによって、当事者や家族が置かれた事情を共有できれば、その後のコミュニケーションもとりやすくなり、よりよい告知の選択肢を考えることもできます。自らどういった選択を取るかを決める主体者は当事者や家族だからです。

<アピタル:認知症と生きるには・コラム>

http://www.asahi.com/apital/column/ninchisyou/(アピタル・松本一生)

アピタル・松本一生

アピタル・松本一生(まつもと・いっしょう) 精神科医

松本診療所(ものわすれクリニック)院長、大阪市立大大学院客員教授。1956年大阪市生まれ。83年大阪歯科大卒。90年関西医科大卒。専門は老年精神医学、家族や支援職の心のケア。大阪市でカウンセリング中心の認知症診療にあたる。著書に「認知症ケアのストレス対処法」(中央法規出版)など