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皆さんの身近な困りごとや疑問をSNSで募集中。「#N4U」取材班が深掘りします。

 名札、見られていますよ――。店員の名札やレシートからSNSの個人アカウントが特定され、つきまとわれるケースが出ている。フルネーム表記をやめるなど、企業もストーカー被害への対策に乗り出し始めた。身近な困りごとや疑問を取材する「#ニュース4U」取材班が実態に迫った。

突然届いたメッセージ

 「フェイスブック(FB)やってたんですね! ご飯行きませんか?」

 近畿地方に住む20代の女性のFBに、こんなメッセージが届いた。送り主のプロフィル写真を見て、ぞっとした。勤務先のインターネットカフェによく訪れる30代くらいの男性客だ。

 「なぜ私のアカウントがわかったのですか?」。怖くなってメッセージで尋ねると、「検索してみたら出たw ネカフェの子だよね?」。ハッとした。勤務先では氏名(フルネーム)を漢字で書いた名札を胸につけている。

 「お客さんだからむげにできない。無視すると逆上されるかもしれない」。女性はためらいながらも、最低限の返事は送り、食事の誘いは「彼氏がいるので」と断った。それでもアプローチは続く。来店時に「メッセージ見た? 返信ちょうだい」と直接声をかけられることもあった。

 女性はFBを退会。別の男性客からも下の名前をちゃん付けで呼ばれて嫌な思いをした経験もあり、店長に許可をもらって名札は名字のみに変えた。

 「名札は接客をする上で必要だと思うが、必ずしも実名、特にフルネームである必要はない。こんな気持ち悪いことも起こらなかったと思う」

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窓口応対した男性が…

 職場を変えることを余儀なくされた人もいる。東京都内の女性(26)は昨年末、見知らぬ男性からFBで友達申請が来て驚いた。顔写真を見て思い出してみると、勤務先の郵便局の窓口で応対したことがある人だと気づいた。

 郵便局では職員の名札やレシートに氏名が記される。それを見て検索されたのだろう。友達申請は削除したが、もう顔を合わせたくないし、自宅は職場から徒歩15分ほどで「どこかでばったり会ってしまうんじゃないか」と怖くなり、別の局への異動を願い出た。

 今は片道1時間半かけて通勤し、不便を強いられている。女性は「FBのプロフィルを誰でも見られる設定にしていた自分の危機管理もよくないが、まさかこんなことになるとは思ってもみなかった」と嘆く。

 SNS上でつきまとう行為「ネットストーカー(ネトスト)」を禁じた改正ストーカー規制法が2年前に施行されたが、被害は後を絶たない。

SNS普及、大半が名字のみに

 東京のITコンサルタント会社が2年前に都内で行った調査によると、店員の名札からSNSアカウントを特定した経験がある人が37%に上ったという。

 大手名札メーカーによると、ここ数年はSNSの普及を背景に、フルネーム表記をしていた企業の大半が名字表記に切り替えた。理由を聞くと、従業員がSNSで氏名を検索されてストーカー被害に遭ったり、ネット上で氏名をさらされたりしたことへの対応を受けたケースが目立つという。

 若者のネット関連の悩み相談に応じている「全国ICTカウンセラー協会」(https://yasukawanet.com別ウインドウで開きます)の安川雅史代表理事は「名字や下の名前だけでも住んでいる地域や学校名、学年といったネット上のプロフィルや投稿した情報を組み合わせて、特定される可能性がある」と警鐘を鳴らす。SNSは友だち限定公開にするなど「自衛策が必要」と話す。

薬局はフルネームが義務

 記者が9月中旬、大阪市内の商業施設などを歩くと、漢字やひらがなで名字のみの表記がほとんどだったが、フルネーム表記の店舗もあった。

 家電量販店「ヨドバシカメラマルチメディア梅田」では、店員の名札に大きくひらがなの名字が記されていた。近づいてよく見ると、漢字のフルネームが小さく添えてあった。

 携帯電話売り場担当の斎藤大輔さん(35)は「ひらがな表記はわかりやすさを重視したもの。フルネームも普段から名刺をお客さんに渡すので抵抗はない」ときっぱり。ただ、「名前を特定されてSNSで検索されるのを不安に思う女性社員はいる」とも。それでも接客の仕事には必要との認識だという。

 フルネームを示す義務がある業種もある。薬局(ドラッグストア)では医薬品医療機器法(旧薬事法)で定められているためだ。

 漢字に加え、ひらがなとローマ字も併記するマツモトキヨシホールディングス(千葉)の担当者は「『かかりつけ薬剤師』を呼びかけており、お客さんに安心して利用してもらえるよう、個人情報より優先すべき面はある」と説明。ただ、コクミン(大阪)の担当者は「SNSで特定されるなどストーカー被害が懸念される場合は、名字のみの表記も企業側の判断でできると自治体の担当課から聞いている」と話す。

ニックネーム活用の店も

 大手外食チェーンに聞いてみると、各企業とも名札自体の必要性を認め、それぞれに工夫している。

 居酒屋チェーンの串カツ田中(東京)では、ニックネームの表記で、おすすめの「串」も記し、お客さんとのコミュニケーションツールとして活用している。大阪市内の店舗で働く女子高校生(16)は名札に「のの」と書いている。

 「お客さんにニックネームで呼んでもらえるとうれしい。フルネームだったら抵抗があったと思う」

 SNSの普及で、本人のフルネームや名字を出すとストーカー被害の恐れがあるとして、西日本営業部の志野祐紀マネジャーは「まったく関係ない名前をつけて、自分を守る女性アルバイトもいる」と明かす。

 カフェを展開するタリーズコーヒージャパン(東京)は下の名前をローマ字と漢字で表記している。米国発祥で下の名前で呼び合う文化から、従業員同士のコミュニケーションを促すのが目的。コーヒーの知識や腕前を示す星印も記され、名前を覚えてくれる常連客もいるという。都内の店舗で働く赤松笑(えみ)さん(26)は「名札をつけている以上、何をするにも責任が伴うので誠意を持って接客したい」と話す。

 企業も試行錯誤している。カフェなどを運営するキーコーヒー(東京)では「イタリアントマト」の直営店以外の店舗の一部で今月まで漢字のフルネーム表記が残っていたが、「SNSの普及で簡単に個人情報が特定されてしまうため、全店舗で名札は名字のみで表記にする」という。

レシートの表記も変更の動き

 氏名が表記されるのは、名札だけではない。レシートにもレジの担当者名が記されてきたが、個人情報の保護を理由に変更する企業が相次いでいる。百貨店の高島屋は名字、小売りのイオンリテールは氏名の最初の2文字、同じく東急ハンズは従業員番号に、いずれも2年前に変えている。

 高島屋の広報担当者は「社員が被害にあったわけではないが、予防的な対策として、名字に変えることになった。お客様から問い合わせがあっても、名字だけで対応できる」と話す。

 労働を巡るトラブルに詳しい特定社会保険労務士の旭邦篤さんは「登下校中の小学生も犯罪に巻き込まれないよう名札を隠す時代。アルバイトをする学生の保護者から企業へ名札の表記についての心配も多い。企業にとって従業員の安全を守るハードルが上がる一方、人手不足にも悩んでおり、対応せざるを得ない」と指摘する。

 社員が堂々と「偽名」を名乗る企業がある。建設機械のレンタル大手レンタルのニッケン(東京)はその草分けだ。

 「芝桜一子」「俊足太郎」……。1987年に社員のプロ意識を高めるため、「ビジネスネーム」を導入した。取引先とのコミュニケーションに一役買っているという。

 「導入当時はSNSもなく、名札からストーカー被害が出る時代が来るとは考えもしなかった」と広報担当の完成太郎さん(48)。「女性社員の採用が増えてきて、ビジネスネームが社員のプライバシーを守る役割も果たしています」と話す。時代を先取りした形になった。

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