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 愛知県内で開催中の国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」(津田大介芸術監督)の実行委員会が8月、企画展「表現の不自由展・その後」を中止したことが、波紋を広げている。戦前のようなあからさまな言論弾圧ではなく、行政が財政援助した展示を中止したことが、表現の自由の問題となるのか。憲法というレンズを通して、考えてみた。

「表現の不自由展」中止の波紋

 企画展は、2015年に東京・練馬のギャラリーで開かれた「表現の不自由展~消されたものたち」の続編。慰安婦を象徴する少女像や、昭和天皇の写真を含む肖像群が燃える映像作品なども含まれていた。河村たかし・名古屋市長が「日本国民の心を踏みにじる行為」と中止を要求。電話やメールなどによる抗議が相次ぎ、大村秀章・愛知県知事が会長を務める実行委員会は企画展の中止を決めた。

 この中止の措置は、憲法が保障する「表現の自由」を侵すことになるのか――。

 中止の理由について大村知事は会見で、「テロ予告や脅迫の電話などもあり、これ以上エスカレートすると(来場客が)安心して楽しくご覧になることが難しいと危惧している」と説明。一方、この企画展の実行委は13日、「中止は行政からの圧力であった可能性も否めない。思想・信条の自由、表現の自由という法的保護に値する人格的利益が侵害された」と主張し、展示の再開を求める仮処分を名古屋地裁に申し立てた。

「天皇コラージュ事件」

 双方の主張に隔たりはあるが、そもそも、行政(国家)は私人の表現行為に対し、何をしてはならないのか。

 公権力が理由なく本を発禁処分にしたり、かつての治安維持法下で行われたような形で私人の表現行為に刑事罰を科したりすることは、表現の自由の侵害として明らかに許されない。一方で、行政が私人の表現行為に援助を与えたり、撤回したりする場合は、行政の裁量が広く認められると解されてきた。

 今回の企画展に出展した大浦信行さんの作品をめぐる「天皇コラージュ事件」が一例だ。

 大浦さんはかつて、昭和天皇の…

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