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 前回は、閉経の頃に起こる更年期症状について解説しました。閉経から数年経つと、エストロゲンの量はあまり変動せず、低い値のままとなります。長期的なエストロゲンの欠乏状態は、更年期症状とは違った病気に関連してきます。今回は更年期以降、つまり更年期の向こう側で起こることに焦点を当ててお話ししたいと思います。

 長期にわたるエストロゲンの欠乏状態が関係する体の変化としては、認知機能の低下(記憶力低下)、外陰や腟(ちつ)の萎縮症状(外陰腟炎や性交痛)、血管の老化(動脈硬化)、骨の脆弱(ぜいじゃく)化(骨粗鬆症(こつそしょうしょう)、骨折)などが挙げられます。これらの変化には加齢ももちろん影響していますが、長期のエストロゲン欠乏による以下のような影響が加わると言われています。

 エストロゲンには、記憶力に関して重要な役割を持つ「海馬」という脳の領域への血流を改善する作用があり、アルツハイマー病で脳に蓄積する老人斑の主成分であるアミロイドβたんぱくの沈着を抑制することで、記憶や認知機能を保護する働きがあると考えられています。実際、エストロゲンの低下による更年期障害の症状を訴える女性は、症状のない女性に比べ物忘れが頻繁になるとの報告もあります。

 外陰や腟の組織におけるエストロゲンの欠乏は、コラーゲン、脂肪組織、水分保持能力の低下を引き起こします。その結果、組織の弾力性が失われて薄くなるため、出血しやすくなります。これらの変化を背景に、かゆみや痛み、灼熱(しゃくねつ)感を伴う、萎縮性外陰炎や腟炎が起きます。性的アクティビティーが高い女性では性交後出血を伴う性交痛を感じるようになります。

 腟では、さらに、グリコーゲンを産生する機能の低下が起きます。腟内の善玉菌とされる乳酸桿菌(かんきん)は、グリコーゲンを利用して腟内の自浄作用を発揮しています。したがって、グリコーゲンの産生機能が低下すると腟の自浄作用が弱まり、炎症がさらに起きやすくなるのです。萎縮性の変化は尿道や膀胱(ぼうこう)にも起こるので、尿道炎や膀胱炎による排尿困難、頻尿が生じることもあります。

 血管の老化に関連して起こる心筋梗塞(こうそく)は、一般的に女性では閉経年齢付近より増え始めます。日本人女性においてもその上昇は閉経年齢以降持続し、約10年間のラグタイムで男性の発症頻度に追いつくことが報告されています。このことはエストロゲン低下、欠乏状態がその発症に関与していることを示しています。

血管壁の炎症抑え、脂質の動きにも影響

 エストロゲンの血管への影響には、血管壁の炎症の抑制、血管内皮(血管壁の内側)の再生などの直接的作用もありますが、脂質代謝に与える影響が動脈硬化には強く関連してきます。

 脂質代謝とは、主にコレステロールと中性脂肪の体内での動きをいいます。悪玉コレステロールと言われるLDLコレステロールが血液中に高くなり、それが血管の壁の中に入り込み、沈着、蓄積する現象が動脈硬化です。

 これが長期にわたって繰り返されると血管壁は血管の中に向かって肥厚し、隆起します。やがて、隆起した血管壁や、そこから発生した血栓は血液の流れを阻害し、その結果として心筋梗塞などの病気を発症します。血管が詰まった、という状態です。

 更年期前には十分にあるエストロゲンは、血液中のLDLコレステロールを肝臓へ戻す(肝臓に回収して血液中では低くする)▽血管壁に入りにくくする▽沈着しにくくする(動脈硬化を起こしにくくする)――という作用を持っています。これらを「エストロゲンによる脂質プロファイルの改善効果」と言いますが、この作用により、更年期前の女性は心血管系の疾患から守られています。逆に言うと、閉経後はそのリスクが高まることになります。

骨の代謝バランス維持、ホルモンの調整も

 骨の強度は「骨密度」という指標で評価することが多いのですが、日本人女性の腰椎(ようつい)骨密度は思春期から高まり、20歳で最大骨量を獲得します。40代なかばまでその骨量を維持し、更年期とともに低下します。これは女性の一生を通じたエストロゲンのカーブと驚くほど一致しています。それほど、骨の強度とエストロゲンは関連が強いのです。

 骨は硬く、完成していて、変化のない臓器のように思えるかもしれませんが、本当は新陳代謝が盛んな臓器で、代謝のバランスをとることで健常性を維持しています。つまり、骨の古くなった部分を取り除く破骨細胞と、その部分に骨を新しく作る骨芽細胞の二つの異なる細胞の絶妙なバランスが保たれていることが必要なのです。

 エストロゲンは、骨という組織の局所だけでなく全身においても、カルシウムやビタミンDの吸収やそれらの調節に関係する他のホルモンを調節するという、大きな役割を果たしています。閉経後の長期にわたるエストロゲンの欠乏状態によって、骨を守るシステムが崩れ、骨の脆弱化が進むことになります。骨の脆弱化は骨粗鬆症、骨折と進み、大腿骨頸部(けいぶ)骨折が起こると寝たきりの原因ともなります。

閉経前後からの投与、効果大きく

 では、更年期の向こう側に見えてくる体の変化や病気に対してどうすればよいのか。

 エストロゲン欠乏のみでなく加齢も影響してきますので、必ずしも全てを避けられるわけではありません。それでも、更年期の時期から、その向こう側に起きうることを予測し、対策を立てることで、その発症を遅らせることができるかもしれません。例えば、血管や骨の老化を考えて、更年期の時期から食事、運動を含めた生活習慣に気を配るのも大切なことです。

 治療としては、それぞれの病気に特化した薬が使われることもありますが、エストロゲン投与については、膨大な臨床的研究の結果の蓄積から、閉経付近で投与を始めている場合には、長期的な使用でも、つまり更年期の向こう側で起こるようなことに対しても、良い効果の方が副作用よりもずっと大きいことがわかってきています。

 2回にわたって更年期に現れる症状と更年期以降に起こる病気を説明してきました。更年期という時期を、その後の長期的展望にたって女性の健康を考えるマイルストーンとして考えていただけたら幸いです。

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 「男性も必読! 産婦人科医が語る女性の一生」は今回で終了します。次のシリーズは「知って得する 泌尿器科の話」です。

<アピタル:弘前大企画・男性も必読! 産婦人科医が語る女性の一生>

http://www.asahi.com/apital/healthguide/hirosaki/(弘前大学大学院保健学研究科教授 樋口毅)