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 脚本家、北川悦吏子さん(57)。TVドラマ「ロングバケーション」など数々のヒット作を生み出して「恋愛の神様」と呼ばれ、昨年の朝ドラ「半分、青い。」では何度突き落とされても幸せをつかもうと立ち上がるヒロイン鈴愛(すずめ)を描きました。その源泉にあるのは、仕事や家族、病に向き合いながら探り続けた彼女自身の生き方です。

――社会に出たのはバブル時代。男女雇用機会均等法施行の2年前に、「にっかつ撮影所」に入社しました。

 森田芳光さんが監督をした「家族ゲーム」というすごくしゃれた映画があるんですけど、一番最後のクレジットロールに「にっかつ撮影所」制作とあって、入りたいと思いました。入社試験は監督志望とか映画好きな青年が何百人も受けていて、狭き門。6人入り、女子は私だけ。でも自由でいい会社でした。

 企画営業部員として採用されたのですが、同期の中で私だけお茶くみと伝票整理の仕事がありました。企画が通ると「誰々と飲みに行って企画を通した」と陰口言われたり、女性がいると「場の雰囲気が崩れる」と途中でプロジェクトを外されたりしたことも。まだまだ男社会だったんです。

 いまの人は#MeTooとかやって、ちゃんと怒ってる。正しい姿だと思います。でも私たちのころはそんなすべもないし、そんなことより仕事で実績を積んで認められて世に出よう、ちょっとしたセクハラなんて誰もが通る道、こんなことにつまずいていてはいけない、という思いが強かった。その怒りを公にぶつけ、社会を正しい方向に変えようなんて、発想もなかったんです。仕方ない、というムードだった。

 でも目をつぶることで死んでいった気持ちがあるような気が、いまは少しします。2001年に書いたドラマ「LOVE STORY」で、ヒロインが「お前は接待要員だ」と言われるシーンは自虐的なネタだったかもしれません。本当は傷ついていたのかも。そんな気持ちにふたをしていた。だからいま、#MeTooがあることはとてもいいことだと思います。

 ――北川さんと同世代の女性たちが、あのころ自分たちが声を上げなかったから悪い、と語ることもあります。

 私はそこには責任を負う必要はないのではと感じるんですよね。その男社会の中で頑張って生き、仕事を投げ出さないことに必死だったんじゃないの? それだけでいっぱいいっぱいだったよね、私たちは。そう思うから。

結婚、出産、そして30代後半で発症した難病……北川悦吏子さんが「自分らしい」年齢の重ね方を語ります

 私が脚本家として出られたのは、やはり橋田寿賀子先生のような方が道をつけてくれたおかげ。先人に感謝はしても、あなたたちが頑張らなかったからだ、なんて思う若い女性たちっているかなあ。ずっと女たちは頑張ってる、と私は思うのです。

 ただ当時、女性であることがマ…

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