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香取慎吾とゆくパラロード

 朝日新聞パラリンピック・スペシャルナビゲーターの香取慎吾さんがさまざまなパラ競技に挑戦する「慎吾とゆくパラロード」。今回はパラ馬術です。日本中央競馬会(JRA)元騎手の高嶋活士(かつじ)選手(26)とともに、正確な歩様(ほよう)や美しい演技をするために人馬一体となって呼吸を合わせることの難しさを体感しました。

紙面でも
香取慎吾さんのパラ馬術体験は、10月26日付朝刊スポーツ面の「慎吾とゆくパラロード」でも、1ページを使って紹介します。

 香取さんが馬にまたがった。この日の「相棒」は、元競走馬のタマモラッシュ。目線の高さは約2・5メートル。思ったより高さを感じる。だが、香取さんは背筋をピンと伸ばし、臆する様子はみられない。

 《時代劇などで馬に乗った経験があるので怖さはない。逆に「よしっ」と気持ちが引き締まった。》

 パラ馬術は、コース上の障害物を乗り越える「障害馬術」など3種目が実施される五輪の馬術と違い、馬の動きの正確さや美しさ、人馬一体の様を競う「馬場馬術」のみが行われる。高嶋選手は言った。

 《定められた演技の出来栄えを競う採点競技という点では、フィギュアスケートと同じです。違うのは馬と一緒に演技をするということ。この馬はすごく気が優しそうなので、柔らかな操作で接してあげて下さい。》

 馬の歩き方は速さが緩やかな順に「常歩(なみあし)」「速歩(はやあし)」「駈歩(かけあし)」の3種類。これをベースに様々なステップをしたり、円を描いたりする。香取さんはまず両足で馬のおなかをギュッと挟んで、常歩を指示した。続いて停止させようと手綱を引っ張ると馬は歩みを止めた。高嶋選手は笑顔だ。

 《うまい。できたら褒めてあげてください。馬といい関係を築くにはとても重要な動作です。もう一つ心掛けるのはストレスを与えないこと。競馬や馬術でも『馬7割、人3割』と言われ、人はあくまでお手伝い。主体は馬なんです。》

 たてがみをなでながら褒め、馬と意思疎通を続けた香取さん。今度は速歩を指示したが、しばらくすると馬が止まった。速度が上がり、踏ん張るために足が前に出てしまい、無意識のうちに手綱を引っ張ってしまった。人馬一体となる難しさを実感した。

 《パラスポーツは車いすや義足などの道具を使うけれど、意思のある馬と心通わせて演技するのは大変。そこがほかの競技とは違う面白さなんだろうな。》

 高嶋選手は長年、馬と向き合い続けてきた。騎手時代に落馬事故で体の自由を失っても、再び馬の世界に戻ってきた。香取さんは思った。

 《馬に再び乗る恐怖心はなかったのですか?》

 高嶋選手は言った。

 《幸いなことに落馬の記憶がなくて恐怖心はない。また勝負の世界で生きたいと思ったんです。》

 一方でもどかしさもある。まひが残る手ではかつてのようにうまく馬を操れない。そう話す高嶋選手に香取さんは言葉をかけた。

 《でも道具が障害をカバーしてくれているように、愛馬が助けてくれているんでしょう?》

 高嶋選手はうなずいた。

 《馬は僕の障害を分かっています。だから助けてもくれる。騎手の仕事は馬を輝かせること。東京大会では馬に恩返しをしたい。》

 馬場で基本的な操作を学んだ香取さんは最後に直径5メートルの円を描くことに挑戦した。馬の目が内側に向くように手綱を操作し、進む方向や速度など細かな操作が求められる高難度の技だ。香取さんは馬の機嫌を損ねることなく円を描いた。高嶋選手は驚いた。

 《馬をリズムよく止まらせずに動かすのも実は大変なんです。》

 香取さんは馬に感謝した。

 《馬は全部分かっているんですね。乗る人の状態や気持ちまで。だから今日は強い相棒がいるようで心強かった。ありがとう。》(榊原一生)

     ◇

 高嶋活士(たかしま・かつじ) 1992年、千葉県出身。日本中央競馬会(JRA)騎手として2011年3月にデビュー。13年の障害レースで落馬し、右半身にまひが残った。15年9月に引退し、パラ馬術に挑戦。昨年の全日本パラ馬術大会で優勝を果たした。コカ・コーラ ボトラーズジャパン社員。