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 ありふれた物質から、世間をあっと驚かせる物質を次々につくり出してきた。透明な半導体や電気を通すセメント、鉄を含んだ超伝導物質――。電子を物質に付け加えたり、逆に抜いたりして性質を一変させてしまう東京工業大の細野秀雄栄誉教授(66)は「現代の錬金術師」と呼ばれる。

 マイナス200度といった極低温の世界では、物質の電気抵抗がゼロになる不思議な現象がある。超伝導だ。どんなに遠くまで電気を送っても損失がない電線や、電気をいくらでもためられる電池ができる。

 もし、冷やさなくても超伝導になる物質が見つかったら?

 世の中に超伝導を利用した機器があふれ、省エネは一気に進み、世界に計り知れない貢献が見込める。そんな「常温超伝導」を夢見て、世界中の研究者が、少しでも高い温度で超伝導になる物質を探してしのぎを削ってきた。

 かつて、有望なのは金属・合金系か銅酸化物系の物質だと考えられていた。そうした既成概念を打ち破り、超伝導になる候補物質の研究対象を一気に広げたのが、細野さんが発見した鉄系の超伝導物質だった。研究者たちはこの第3の発見を「新大陸発見」になぞらえられた。

 きっかけは、超伝導とは無関係の実験だったという。

 細野さんは当時、コンピューターの中枢に使われる半導体に、磁石の性質をもたせられないかと研究していた。コンピューターは、磁石で情報を記憶している。「両方の性能もつ物質を作れれば、幅広い用途が期待できる」と考えた。

 酸化物を使った半導体と、磁気を帯びやすい鉄の化合物を作って実験していたが、両方の性質を持つ物質は一向にできない。ところが、この化合物に試しに電子を付け加えてみたら、超伝導物質になることがわかった。

 具体的には、化合物中の酸素イオンを一部、フッ素イオンに置き換え、電子が増えた状態にした。この電子が化合物を自由に流れられるようになり、超伝導状態をつくり出していた。

 2006年、マイナス269度前後で超伝導になる鉄系の物質を見つけ、論文で発表。08年には、約20度高いマイナス247度で超伝導になる物質を発見した。「第3の超伝導」探しは一大ブームになった。

 「電子が活躍して、新たな機能を発揮する。そんな物質をつくりたい」という細野さんの信念は「八方美人はだめ。ユニークなものが一番」だという。

超伝導、ノーベル賞の歴史

 超伝導をめぐる画期的な成果はこれまで、ノーベル賞に直結してきた。

 超伝導は1911年、オランダの物理学者オンネスが見つけた。水銀をマイナス269度にすると電気抵抗がゼロになることを発見し、わずか2年後にノーベル物理学賞を受賞した。超伝導になる仕組みを解明した米国の研究者3人も72年に物理学賞を受けた。

 超伝導物質はしばらく、水銀のような金属と合金系でしか見つかっていなかったが、西ドイツ(当時)とスイスの研究者が86年、金属系とは異なる銅酸化物系の物質が超伝導になることを発見。金属・合金系よりはるかに高い温度で超伝導になる銅酸化物系物質が次々に見つかり、両氏は翌87年に物理学賞を受けた。

 細野さんが発見した鉄系の超伝導物質は、これらに続く「第3の超伝導」だ。とはいえ、実用レベルに達している超伝導物質はまだ金属・合金系しかない。JR東海が2027年に品川―名古屋間の開業を目指すリニア中央新幹線の超伝導電磁石もニオブとチタンの合金だ。

 それでも、細野さんが切り開いた鉄系では中国チームが2016年、115メートルの線材をつくることに成功。製造が簡単で、均質にできるといい、細野さんは「近い将来、鉄系の超伝導電磁石が実用化される可能性がある」とみる。

 このほか、物質に数万気圧もの超高圧をかけると超伝導になる物質も見つかっている。今春、ドイツなどのチームが、ランタンと水素の化合物に150万気圧をかけると、マイナス23度で超伝導になったと報告した。室温で超伝導を実現するという「人類の夢」は、目前に迫っている。

IGZOも、セメントも

 鉄系超伝導と並ぶ細野さんの研究成果に、電気を通す透明な半導体がある。「IGZO(イグゾー)」と名づけられたこの半導体は、大型の液晶パネルとしてシャープが2012年に量産化。韓国企業も有機ELテレビに採用するなど、急速に利用が広がっている。

 研究が始まったのは、1990年代のことだった。細野さんは、透明な非晶質(アモルファス)の物質で半導体が作れないかと考えていた。当時、非晶質の物質は半導体の材料に向いていないと考えられていた。結晶のように原子が規則正しくなく、電気が流れにくいからだ。しかし、実験でつくった薄膜に、なぜか電気をよく流すものがあることに気づいた。調べるうち、結晶でなくても、物質のなかで電子が動く軌道がうまくつながっていれば、電気がよく流れることを発見した。

 しかし、周囲の反応は冷ややかだった。当時も今も半導体の基本はシリコン結晶だ。安くて大量に手に入り、実績も多い。半導体が透明になったからといってどんな利点があるのか。細野さんが「透明でキラキラしする半導体があったら面白い」と国際会議で発表しても、「ここはガラス(非晶質)屋の来るところじゃない」と皮肉られた。

 ところが、2004年に実際に薄膜のトランジスタを作ってみせると、状況は一変した。それまでのシリコン製より数十倍も電気を通しやすく、反応速度も速い。液晶テレビが急速に普及していた当時、高解像度で大画面なディスプレーの材料にぴったりだった。

 細野さんが03年に開発した電気を通すセメントも世界から注目されている。これも初めは使い道すらよく分からない物資だったが、アンモニアを効率よく合成する触媒として期待されている。

 空気中の窒素から化学肥料の原料になるアンモニアを合成するハーバー・ボッシュ法は、空気からパンを作る方法と呼ばれ、世界から飢餓を遠のかせた。1世紀前に生まれたこの製法は酸化鉄触媒を使い、窒素と水素を高温(400~650度)、高圧(200~400気圧)で反応させるため、巨大な設備と大量のエネルギーが要る。

 細野さんは12年、興味本位で作っていた電気を通すセメントが、アンモニアを合成させる触媒として働くことを発見。東京工業大と味の素(東京)などは17年にベンチャー企業を設立した。小型でアンモニアを製造できる設備が実用化できれば、世界の貧しい地域でも化学肥料をつれるようになり、貧困の解消に役立つかもしれない。

 「生活の質を高めるための研究、生活になくてはならないものをつくる研究をしたい」と、細野さんはよく話す。

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