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 血液中のコレステロールが多い状態で、放置すると血管の壁にたまり、動脈硬化を引き起こす脂質異常症。日本人の約220万人が治療しており、高血圧、糖尿病に次いで多い病気だ。無症状のため「沈黙の病気」と呼ばれ、進行すると血栓ができやすくなり、脳梗塞(こうそく)や心筋梗塞(こうそく)が起こり死に至る可能性もある。

 世界保健機関(WHO)によると、脳梗塞や心筋梗塞などの心血管疾患で亡くなったのは世界で1790万人(2016年)で、全世界の死亡の約30%を占める。その予防と治療に革命をもたらしたのが、悪玉コレステロールを下げる薬「スタチン」だ。その発見、開発に大きく貢献した一人の日本人がいる。東京農工大特別栄誉教授の遠藤章さん(85)だ。

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 コレステロールは、人間の生命を維持するのに必須の物質で、肝臓で合成される。全身の60兆個ある細胞の膜を作ったり、ホルモンや、脂肪を消化するために必要な酵素である胆汁の素になったりする。

 遠藤さんが開発したのは、肝臓でコレステロールの合成を調節する酵素を阻害する薬。「スタチン」と総称される物質の第1号として「コンパクチン」に、コレステロール低下作用があることを発見した。

 遠藤さんは、製薬会社「三共」(現・第一三共)の研究員だった1966年から米国に留学。肥満が社会問題となり、年間数十万人が心臓病で死亡している現状を目の当たりにして、原因となるコレステロールを下げる薬を見つけようと決意した。

 帰国後の71年、微生物が作る物質から新薬の候補を探し始めた。実際に薬になるのは数万に一つ。

 だが、秋田県の山間部出身で、幼い頃から野山で遊んできた遠藤さんには確信があった。「カビやキノコは友達。うまくつきあえば言うことを聞いてくれる」。微生物は土の中などで他の微生物と激しい生存競争を続けている。カビやキノコの中には、コレステロールの合成酵素を阻害する物質を作り、敵をやっつけるものがいるに違いないと考えた。

 約6千種類の物質を調べ続け、73年に「スタチン」につながる物質にたどりついた。60年代に京都産の米から採れた青カビが作る物質だった。

 だが、創薬への道のりは険しかった。

 当時、体内でコレステロールの合成を阻害する別の薬が作られていたが、効果は低く、副作用が問題になっていた。遠藤さんの目指す、肝臓でコレステロールの合成を阻害する薬が、肝動脈硬化につながる悪玉(LDL)コレステロールだけを下げることができるのかと、製薬各社が懐疑的だった。

 ラットを使った実験では効果が見られず開発は中止。その後、ラットより大きく、血中コレステロールの高いニワトリとイヌで試すと、コレステロールは劇的に低下した。だが、毒性が認められるなどして開発は中止と再開を繰り返した。

 しかし、大阪の医師から連絡があり、家族性高コレステロール血症の患者を対象に臨床研究を開始。症状が急速に改善したことから、ようやく複数の患者を対象にした臨床試験(治験)が始まった。

 その結果が81年に米医学誌に掲載されると、世界中から反響があった。遠藤さんの元には、海外の患者や医師から「この薬がほしい」と手紙が届いた。遠藤さんは「困っている患者が大勢いると実感した」と話す。

 この論文をきっかけに、世界の製薬会社が開発に乗り出すことになる。米製薬大手メルクが本格的に動き出し、スタチンの一種の「ロバスタチン」が87年に米医薬食品局(FDA)の承認を受け、製品化された。

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 遠藤さんが発見した世界初のスタチン「コンパクチン」に続き、7種類のスタチンが次々と開発された。今や100カ国以上で販売され、世界中で3千万人以上が使うとも言われる。

 一時期は全世界で年2兆円を超える売り上げを記録。世界的な規模の巨大製薬会社(メガファーマ)を生み出すきっかけになるなど、製薬業界のあり方を変える大きなインパクトをもたらしたとされる。

 無症状のうちから、動脈硬化を「予防」するという新たな治療を切りひらいた一方で、批判もあった。低栄養や、肝臓の病気などによりコレステロールが低すぎると死亡率も高くなる。そのため、一時、コレステロールを下げる治療法の是非を巡り「論争」が起きたこともあった。

 しかし、2010年ごろから複数の研究結果をまとめ、数十万人規模の解析結果が報告され始める。英医学誌ランセットには2016年、スタチンを使った治療で動脈硬化による心臓発作を少なくとも20%低下させることが示された。

 さらに、約7千人を対象にした研究で、過去に5年間スタチンによる治療を受けた人を20年間追跡調査した結果、約20%心臓血管疾患による死亡を低下させる「レガシーエフェクト」も報告された。悪玉コレステロールを低下させることで、心筋梗塞や脳梗塞などの発症を低下させることが定説となっている。

 日本をはじめ、米国や欧州のガイドラインでも第一選択の薬になっている。コレステロールの吸収を阻害する薬や、より強力な作用を発揮する抗体薬など、新たな作用機序の薬が承認されているが、スタチン系の薬が9割を占めているという。

 日本動脈硬化学会の山下静也理事長は「エビデンスがそろい、効果が証明されてきた。全世界で、ものすごい数の人を救っている薬だ」と話す。(月舘彩子)

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