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 光を当てると、汚れを分解したり殺菌したりできる「光触媒」の技術は、ビルの外装や空気清浄機などに幅広く応用されている。日本人研究者の発見が、掃除しなくてもきれいになる画期的な技術の開発・普及に貢献した。

 公衆トイレでにおい防止に一役買っている床用タイル、新幹線の喫煙室の空気清浄機、消臭効果のあるカーテンやブラインド――。光触媒反応を用いて自らきれいにする技術は、暮らしのさまざまな場所で使われている。光触媒工業会によると、事業規模は557億円(2017年)にのぼる。

 応用は意外な分野にも。アース製薬は今年、光触媒技術を使って蚊を引き寄せる捕獲器を発売した。蚊は人間から出る二酸化炭素に引き寄せられる。その代わりに、蚊が好む糖分の誘引剤に含まれる有機物が分解される際に発生する水と二酸化炭素で、蚊を引き寄せる。「殺虫成分を使うことなく、蚊をよけることができます」と同社の担当者はいう。

 鍵となる光触媒の研究の始まりは1967年にさかのぼる。

 大学院生だった東京理科大栄誉教授の藤嶋昭さん(77)は、助教授だった本多健一・東京大名誉教授(故人)とともに、東京・六本木にあった東京大学生産技術研究所の実験室にこもっていた。ある日、酸化チタンと白金を水に漬けて、酸化チタンに光を当てると、酸化チタンから、気泡が出ているのに気がついた。集めて調べると、泡の正体は酸素だった。

 まるで植物の光合成の複雑な反応の再現。電気を使わずに太陽の光だけで、水が水素と酸素に分解されるとは――。藤嶋さんはその夜、驚きでしばらく寝付けなかったという。この発見は後に「本多―藤嶋効果」と名づけられた。

 だが、世の中は藤嶋さんの発見をすぐには信じてくれなかった。反発した専門家らから「もっと電気化学を勉強しなさいと言われ続けた」と藤嶋さんは振り返る。

 発見から5年後の72年、藤嶋さんらは英科学誌ネイチャーに論文を発表した。翌73年に石油ショックが起きた。太陽光で水から燃料となる水素を取り出せるというこの研究を、朝日新聞は74年の元日1面トップで「太陽で夢の燃料」と取り上げた。国際学会やメディアで引っ張りだこになり、世界中が光触媒の研究を競うようになった。

 詳しい仕組みは、酸化チタンに光を当てると、酸化チタンにプラスの電荷が生じ、これが電子を奪って水を酸化し、酸素を発生させる。白金の側では、酸化チタンにマイナスの電子が移動し、水を水素にする。分解の前後で酸化チタンは変化しないため、光を当てれば反応が続くというものだ。

 だが、関心は次第に薄れていった。反応を起こすのに必要なのは紫外線であることが判明。太陽光のごく一部であることから、エネルギーとしての水素を取り出すのには効率がよくなかったからだ。「夢の燃料」はかなわなかった。

「本多―藤嶋効果」20年後に再び脚光

 再び注目が集まるようになったのは本多―藤嶋効果の発見から20年が過ぎてからだ。

 東京都文京区の東京大本郷キャンパス。89年、教授になった藤嶋さんの下に、講師として橋本和仁さん(現物質・材料研究機構理事長)が着任した。水素エネルギーを得るのは難しくても、水を分解して酸素にするほどの酸化チタンの強い酸化力を利用できないかと議論するようになった。

 橋本さんは、建物1階の自分の研究室から4階の教授室に呼ばれる毎日を過ごしていた。ある日、エレベーターを待つ間、隣のトイレの悪臭が気になった。

 酸化チタンは、汚れや微生物を分解し、防臭や殺菌の効果があった。酸化チタンを膜にする技術と組みあわせれば「便器の汚れやにおいを分解するのに使えるのではないか」。このアイデアに、藤嶋さんも「おもしろい」と応じた。

 橋本さんはつてをたどって連絡を取った住宅設備大手TOTOの担当者に、アイデアを語った。「今どき黄ばんだ便器を使っているのは東大ぐらい。実用性がない」と言われたが、発想を面白がってくれ、「タイルはどうですか」と提案された。

 94年、抗菌や脱臭などの作用を持つタイルが商品化された。直後に、水が水滴にならずに膜のように薄く広がるため、鏡やガラスが曇らない「超親水性」という性質も、TOTOとの共同研究で見つかった。

 この性質は、曇りにくさが求められる車のドアミラーなどにも取り入れられた。

 産官学が連携し、光触媒技術の応用はさらに広がっている。現在は物質・材料研究機構理事長を務める橋本さんは「本多―藤嶋効果発見の衝撃がなければ、光触媒の研究はここまで進まなかった」と語る。

 シックハウスの原因となる化学物質の分解などに使うことが検討され、粉末の光触媒をがん細胞に注入して光ファイバーで紫外線をあてて殺すなど、がん治療への利用も研究されている。手術室の抗菌や殺菌にも使われている。

 藤嶋さんは「海外での関心は限られている」と世界的な普及には課題を感じつつ、「本多―藤嶋効果」を発見した時、今のようなきれいにする技術としての広がりは「考えもしなかった」と振り返る。

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