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 1964年10月9日。気象庁は翌日の東京の天気を「晴れときどき曇り」と発表した。

 10日午前2時半。

 「この雨じゃ、開会式は中止だ」。早稲田大学4年の吹浦忠正さんはこの夜3軒目となる東京・高田馬場の居酒屋でトリスウイスキーの水割りを飲み干した。

1964年10月10日、秋晴れの空の下、東京五輪の開会式が開かれました。その時、人々の胸に去来したものとは……。

 2年前から五輪の大会組織委員会の職員として参加国の旗を準備し、リハーサルを繰り返してきた。なのに前日夕からの大雨。「我が人生の2年間、どうしてくれる」。同僚らとはしご酒になった。

 勘定を済ませ、地下の店から階段を上ると、思わず声が出た。見上げると、満天の星だった。集合時間は約3時間後。神田川沿いの下宿先へ急いだ。

 午前5時40分。

 国立競技場のスタンド前段の貴賓席にいた組織委の田畑政治さんから吹浦さんに声がかかった。

 「おい、旗屋! 吹浦君! 君のやることは正しい国旗を、正しく揚げることだ。頼むぞ」

 午前9時。

 代々木公園の選手村に設けられた理容室には、開店と同時に選手らが続々と入ってきた。理容師の遠藤澄枝さんは外国語のメニューを差し出した。カットは200円。心なしか選手の顔つきが締まって見える。黙々とはさみを動かした。

 午後1時43分。

 NHKのテレビ放送が始まる。「世界中の青空を全部東京に持ってきたような、すばらしい秋日和でございます」。アナウンサーが伝えた。

 午後2時前。

 競技場の外は入場行進を待つ各…

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