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 司馬遼太郎の歴史小説「坂の上の雲」に登場する海軍軍人の広瀬武夫中佐(1868~1904)。日露戦争初めの旅順口閉塞(へいそく)作戦で指揮を執り、数えの37歳で戦死したが、その直前に小学校時代の幼なじみで京都・東寺の執事だった男性に書き送っていた手紙が新たにみつかった。手紙を入手した司馬遼太郎記念館(大阪府東大阪市)が11日発表した。手紙は29日~来年4月19日、記念館の企画展で一般公開される。

 記念館によれば、手紙は1904(明治37)年3月7日付で、広瀬が軍艦朝日の艦上から、のちに東寺派トップ(管長)となる松永昇道(しょうどう)宛てに書き送ったもの。巻物に表装され、本体の長さは145センチ、幅18センチ。報道で広瀬の消息を知った松永が広瀬にお守りを贈ったことに対する礼状だ。

 大分県出身の広瀬は、裁判官だ…

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