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 荒川と江戸川に挟まれ、土地が海面よりも低い「海抜ゼロメートル地帯」が7割を占める東京都江戸川区。午前9時45分には、約43万人に避難勧告が発令された。

 避難所の一つ、平井小学校には約200人(12日午後4時現在)が集まり、廊下や階段の踊り場まで人があふれた。

 近くに住む脇屋冨士男さん(78)は、離れて暮らす息子から電話で促され、妻(79)と避難してきた。2人は1947年のカスリーン台風の記憶もあるという。区一帯が水没し、木船での移動を余儀なくされた。自宅も浸水し「屋根を破って逃げようかと思った。恐ろしかった」と振り返る。当時、くみ取り式だったトイレも水であふれ大惨事だった。今回も心配なのは雨量だという。「何の被害もなかったらいいけど。早く家に帰りたいです」

 人影のない商店街では、風にあおられたシャッターの音が不気味に響いた。雨粒がバチバチと激しく傘を打ち付ける。

 午後になって風雨がさらに強まると、各地では、河川の水位が危険なレベルに。東京、神奈川、山梨を流れる多摩川は午後3時40分、東京都調布市の観測所で「氾濫危険水位」に達した。

 世田谷区では、堤防の高さギリギリまで茶色い濁流が迫った。いつもは少年野球でにぎわう河川敷グラウンドは水没した。

 同区の瀬田中学校では、避難者で体育館がいっぱいになり、建物内の別室も開放した。同区鎌田1丁目の平野千秋さん(50)は午後3時ごろ、自宅から50メートル先の土手から多摩川を見て、恐怖を感じた。「3歳から暮らしているが、これからが本降りと聞いて、命の危険を感じた」と話した。

 相模川に近い神奈川県厚木市立厚木中学校の体育館には、上流の城山ダムの緊急放流を予告するニュースが流れた直後から、避難する人が相次いだ。小中学生3人を含む家族5人で避難してきたパート木内わたなさん(41)の自宅は、相模川とほかの河川が合流する地点のすぐそば。「相模川の水量をネットで見ていてかなりやばいと思っていた。強風で自宅も心配」と話した。

 「あす帰るまでに何もなければいいが」。山梨県笛吹市の市総合会館に避難した食品製造販売業、宮川正夫さん(72)は不安げに話した。自宅は土石流の危険性が指摘されている地域で、一緒に避難した妻の陽子さん(70)は高校3年の時、市内の実家が土石流で流された。

 「大雨の際はいつも避難の準備をしているが、実際には避難しなかった。今回はこれまでで一番大きい台風と聞き、早めに避難を決断した」と陽子さん。正夫さんは「たとえ家が流されても、命が一番大切」と話した。

 台風15号で大きな被害を受けた千葉県南部は、再び強い雨と風に見舞われた。館山市布良(めら)地区の富崎港。電線が大きく揺れ、屋根の補修用ブルーシートが飛ばされる。打ち付ける波は防波堤を越えた。

 市内の避難所には続々と住民が詰めかけ、午前8時に773人だった避難者数は午後3時過ぎには1850人を超えた。入場を断られる避難者もおり、急きょ新たな避難所が設けられた。

 鋸南町竜島地区では、台風15号で壊れてしまった区民会館のかわりに、極楽寺の本堂などが避難場所になった。ただ、寺は海岸まで数百メートル。昼前には、町に高潮警報が発表されたという連絡が入り、菊間幸一区長らは「高潮が心配な人は、個人の判断で移動してください」と呼びかけた。

 南房総市白浜地区の海沿いで居酒屋を営む真田小春さん(72)は「高潮で家がどうなってしまうのか、想像もできない」。台風15号で店は大きな被害がなかったが、今回は危機感を感じ、入り口に土囊(どのう)を積み、ガラスに養生テープを貼ってきたという。「もう祈るしかない。昨年亡くなった夫に守ってくださいと手を合わせるばかりです」

【動画】台風19号による降雨で増水した多摩川=江口和貴撮影