[PR]

 根絶が叫ばれるスポーツ指導上の暴力だが、最近も、高校野球や高校サッカーの監督が部員への暴力行為で解任されるなど、根深い状況だ。撲滅を阻む背景の一つに、子どもを教える指導者の暴力や不祥事に直面した時の保護者の甘い姿勢はないだろうか。二つの事例で考えてみた。(中小路徹、木村健一)

 西日本の中学生の地域野球クラブ。息子が加入する母親はかねて、監督が子どもたちに暴力、暴言を繰り返すのを目撃してきた。顔を殴られて鼻血が出るなど、時には目を背けたくなる光景もあった。

 クラブが加盟する団体に告発が届き、監督は謹慎処分に。母親は、預けた以上は任せるのが基本と考え、告発者を憎んだ。何人かがやめる中、残った子の保護者間には「頑張ろう」と一体感ができた。「これが監督の暴力暴言を容認する素地となった」と振り返る。

 監督は謹慎が明けて復帰。しかし、暴力暴言はやまず、2度目の告発でクラブを去った。すると、保護者たちは「ボランティアで生活を犠牲にして教えてくれているのに」と、告発した“犯人捜し”と、監督の復帰の道を探る嘆願書の署名活動を始めた。

 母親は、暴力をふるうのは間違った指導だと考え始め、署名はしたくなかったが、「集団の圧力に負けて書いてしまい、自責の念に苦しんでいる」という。

 「『指導者を告発するとスポーツ界をダメにする』と言う人までいた。でも、本当はどっちが汚していますか? 暴力暴言を本音では嫌がる子どもたちに『たたかれるのは見込みがあるということ』とか、保護者が暗示をかけている。悪習に染まった狭いスポーツ界にとどまらず、広い世界観を学ぶ機会が必要だと今は考えています」

980円で月300本まで有料記事を読めるお得なシンプルコースのお申し込みはこちら