広い市道に喜んだのもつかの間 復旧終えたら、すぐ元に

三沢敦
【動画】拡幅部分が取り壊された豪雨被災地の市道=三沢敦撮影
[PR]

 「これで救急車が入れる」。住民たちが喜んでいた市道は拡幅前の狭い道に戻された。昨年7月の西日本豪雨で被災した山口県周南市樋口の小成川(こなるかわ)集落。工事車両を通す目的で応急的に幅を広げた部分が、工事の完了とともに撤去された。「安全を維持できない」というのが理由だった。

 10月23日午前、重機がうなりを上げて拡幅部分の土を取り崩していた。2日前に始まった撤去作業はこの日で終了。幅を4メートルに広げた市道は従来の2メートル幅に戻された。

 市道路課によると、拡幅した市道の延長は約120メートル。西日本豪雨でその先の成川橋が崩落し、重機などを通すために今年3月、私有地の一部を住民から借りる形で広げた。橋の架け替えにかかる財源約1千万円はほぼ全額国庫補助で、その中に市道の拡幅費用(約400万円)も含まれる。

 「工事の目的はあくまで橋の復旧。そのために一時的に市道を広げただけ。簡易的な構造になっているため強度を永続的に確保できない」と浜田和茂課長は話す。

 だが工事が10月に完了し、拡幅部分の撤去が始まると知った住民たちは反発。市役所を訪れ、藤井律子市長らに「このまま残してほしい」と訴えた。

 拡幅した120メートル区間は市道成川線の「旧道」の一部だ。旧道は集落の東側を走る新道から分岐。裏山を背に民家が点在する集落内を抜け、再び新道へと合流する。道幅はどこも狭く、普通車でも運転には気をつかうという。

 「たかが120メートルの区間が元の狭さに戻るだけで、どうして騒ぐのかと思われるかもしれない。でも住民にとっては、されど120メートルなんです」。こう話すのは吉浦正男さん(73)だ。

 被災前、21世帯が暮らしていた集落は今、14世帯に。過疎化が進む中、健康に不安を抱えるお年寄りは少なくない。だが大型の救急車がたどり着けるのは旧道の入り口まで。そこから先は担架での行き来だ。激しい雨や風などの荒天時に急患が出た場合、わずかな距離も遠くなる。

 「すべての旧道を拡幅してくれと頼んでいるのではない。せめて広げた部分だけでもそのままにしてというのが願いでした」と吉浦さん。拡幅のために水田の一部を貸した林茂樹さん(66)も「再び災害が起きると、狭い道では夜も心配」。存続を求めて土地を寄付する意思を伝えていたという。

 だが、市は応じなかった。仮設のため安全を保障できない。永続的な構造として拡幅するには数百万円もの市費を投入しなければならない。総延長1200キロもの市道を抱える市内で、1カ所だけに特例は認められない――。こう理由を並べた。災害復旧を管轄する県砂防課の担当者も「仮設道路には耐久性がなく、原状に戻すのが原則。市が補修した上で存続させることは可能だが、過去にそうした事例を聞いたことはない」という。

 「それでも」と吉浦さんは思う。「半年以上も重機が行き来していた頑丈な道路だ。もっと崩れやすい道はあちこちにある。用が済んだからさっさと元に戻すのではなく、住民の気持ちに寄り添った方策を真剣に考えてほしかった」(三沢敦)

有料会員になると会員限定の有料記事もお読みいただけます。

今すぐ登録(1カ月間無料)ログインする

※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません