[PR]

 被爆2世の長崎市職員、松尾隆さん(54)はプライベートで、「焼き場に立つ少年」の写真を調べている。今年5月、10年勤めた長崎原爆資料館の被爆継承課長から異動し、市教委に出向したのがきっかけだ。

 「写真は左右が反転しているのではないか」。画像を拡大して観察し、自分の母の幼少期の写真と比較したり、戦時中の服装に関する規定を記した公文書を読んだり。右胸に付けられている名札が、「通常は左胸につける」と服飾の専門家から聞いたことなどを根拠に、そう推測する。少年の前身頃が左前になっていることも理由の一つだ。

 被爆者の訴訟を支援する内科医、本田孝也さん(63)は今年8月、木がうっそうと茂る長崎市郊外の山の中にいた。「焼き場に立つ少年」の写真を追った書物で、「同級生ではないだろうか」「焼き場があった」という住民の証言が寄せられた場所だ。

 本田さんは暑い中、金属探知機を駆使していた。写真の少年の足元に、銅線のようなものが写っているからだ。「ここが焼き場なら、写真に写っている銅線のようなものを探せないだろうか」