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 「先生、このあいだの音楽会、良かったですねえ。久しぶりに腹から声を出して、腹の底から笑いました。隣の席の知らない人も大笑いでしたよ」

 先月の記念音楽会が楽しかったと口にする人が、診察室で後を絶たない。みんなで歌った童謡もだが、最後の「津軽海峡・冬景色」の大笑いの余韻が今も続いている。身ぶり手振り付きの「ジャジャジャジャーン」のみんなの合いの手が、出席者の印象に強く残ったみたいだ。

 「先生、また音楽会をやりましょう」と、いろんなお年寄りが勧めてくれる。日頃介護を続ける家族もたくさん来てくれた。百六歳の患者さんを介護する娘もその一人。ちょうどその家を訪問した時に、先月の音楽会に参加していたというケアマネジャーも来ていた。娘とぼくと三人で音楽会の話になった。

 ケアマネジャーが音楽会をスマートフォンに録音していて、耳の遠い患者さんの耳元にスマホをあてがった。ぼくの歌う「赤とんぼ」に、百六歳の口が動いた。声ははっきりとは聞こえないが、確かに赤とんぼを歌っていた。娘とケアマネジャーとぼくが顔を見合わせて、ほろっとする場面だった。

 長く担当をしてくれたケアマネジャーは、この日が最後の訪問だった。この月で退職するという。「介護保険のお金の計算をしながらの仕事はもういいと思い出したんです。先生のように、楽しく在宅の人と接することの出来る職場に移ります」との話だった。

 ぼくの訪問診療は介護保険にはしばられないので、病状と患者さんや家族の希望どおりに、自分の自由に動くことができる。介護保険には、月々にケアプランがあり、なにかがあると変更が必要になる。

 「先生、もう何がどうなったのかわからん。薬の飲み方もわからん。今から来てくれないか」と、退院したばかりの独り暮らしの九十七歳から電話があった。「ふたり回ってからでいいかなあ。また行く時に電話を入れるから」と、訪問診療中のぼくは答えた。「母が先生に来てほしいと言っています。時間が空いたらお願いできませんか」と、百四歳の患者さんの娘からの電話も入る。まるで、ピザの宅配みたい。

 最初の患者さんは、転倒の不安を繰り返し聞いて、薬を整理し直した。そして、次の訪問日をメモに書いた。あとの人は、「先生、長いこと生きました。もうあっちへ行くのが近いでしょう。お世話になりました」と、お別れの話になった。「来週、また来ます」「来週はもうあっちに行っています」「死にはしません。大丈夫」と、笑い合って診察を終わった。

 ひとりひとりとのやりとりの、しみじみや大笑いもいい。音楽会のように大勢での大笑いも、またいい。ぼくはそんな世界が大好きなんだなあ。

<アピタル:診療所の窓辺から>

http://www.asahi.com/apital/column/shimanto/

(アピタル・小笠原望)

アピタル・小笠原望

アピタル・小笠原望(おがさわら・のぞみ) 大野内科医師

1951年高知県土佐市生まれ。76年弘前大学医学部卒。高松赤十字病院などを経て97年大野内科(四万十市<旧中村市>)。2000年同院長。18年12月から同医師。在宅医療、神経難病などの分野で活躍中。最新の著書は「診療所の窓辺から」(ナカニシヤ出版)。