拡大する写真・図版 「宝塚歌劇の殿堂」に展示されている、八千草薫さんの舞台写真。左側は雪組公演「ジャワの踊り子」(1952年)での写真=2019年10月29日、兵庫県宝塚市の宝塚大劇場

 88歳で亡くなった俳優の八千草薫さん。映画やテレビ、舞台など多方面で活躍したが出発点は宝塚歌劇団だった。宝塚時代を知る人らが名優を悼んだ。

 八千草さんが大阪の聖泉高等女学校(現・プール学院)に通った少女時代は、第2次世界大戦のさなか。1999年7月にフェスティバルホールで開かれた同校の同窓会音楽フェスティバルで、朗読を通して戦時中をこう振り返った。

 「戦争は私たちの夢をはぎとっていきました」「いったいこれが戦争のどんな部品に使われるのか分からない機械の部品を作る工場へ通う日が来ました」「聖書も、ガリ版ずりの賛美歌集も、戸棚の奥にしまい込まれ、そして最後は戦災にあった我が家と一緒に焼かれてしまいました」

 終戦後、新聞で「宝塚音楽学校生徒募集」を目にして受験。「『宝塚』『音楽』という文字にそれまでの世の中とは違う、キラキラした輝きをファッと感じました」

 47年に宝塚歌劇団に入団し、娘役で活躍。故春日野八千代さんが主演した52年の「源氏物語」で相手役の若紫を演じ、57年に退団。2014年に宝塚大劇場(兵庫県宝塚市)にオープンした「宝塚歌劇の殿堂」にも春日野さんや故越路吹雪さんらとともに顕彰され、いまもゆかりの品が飾られている。

 宝塚時代を知るファッションデ…

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