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 ラグビー・ワールドカップ(W杯)日本大会が2日、閉幕した。かけがえのない出会いや異文化交流の経験を多くの人が記憶に刻んだ。

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関西ラグビーフットボール協会長「大会に携わった人に『おめでとう』」

 「日本代表の戦いぶりやファンの盛り上がりは、世界のラグビー関係者の予想を大きく上回った。大会に携わった人たちに『おめでとう』と言いたい」。関西ラグビーフットボール協会長の坂田好弘さん(77)は、2日の決勝をスタンドで見届け、そう振り返った。

 近鉄在籍中、1969年に単身でニュージーランド(NZ)へ留学すると、カンタベリー州代表やNZ大学選抜に選ばれ、NZ代表入り目前というところまで評価された。スポーツ選手の海外挑戦が珍しい時代に道を切り開いた日本ラグビー界の第一人者だ。

 引退後は大阪体育大ラグビー部の監督を務め、2012年には日本人で初めて国際ラグビーボードが定める「ラグビー殿堂」入りした。

 今年6月まで日本協会の副会長も兼務した。今大会中は日本の「顔」として、キャンプ地や試合会場で出場チーム、大会主催者の国際統括団体ワールドラグビー(WR)関係者などの応対にあたった。

 「ラグビーの国際化」や「アジアへの普及」などを主張して招致した今回のW杯。主催者からは「大成功だ」と賛辞を送られ、誇らしかった。初の8強入りした日本代表についても「我々が現役の頃は海外勢の体の大きさに圧倒されていたが、体格の差を感じさせず力と技を出せたのは間違いなく実力」と喜ぶ。だが「W杯で得た財産を生かさなければいけない。この波をどれだけ定着させられるかが、ラグビー人口に影響する」と気を引き締める。

 4年前、南アフリカから金星を挙げた前回大会後は、国内でラグビーの魅力が発信される機会が少ないと感じていた。今大会後にはトップリーグを始めとした国内試合の振興策や強豪チームを招いての日本代表戦を多く組むなどして露出を増やすべきだと考えている。

 また、ラグビーができるグラウンドを整備する必要性を訴える。「今は絶好のチャンス。ラグビーをしたいと思ってくれた人の期待に応えられる環境づくりに力を入れるべきだ」。関西協会では、どこに連絡すればラグビーができるかなどといった問い合わせに備えるため、紹介先を集約する予定だという。(辻健治)

ボールパーソンを務めた高校生 視野、世界へ広がる

 若い人たちは、試合会場で「世界」とつながり、視野を広げた。

 1次リーグ4試合があった神戸市御崎公園球技場では兵庫県立神戸甲北高校(神戸市北区)の男女のラグビー部員がボールパーソンを務めた。そのうちの一人、2年の山本七海さん(16)は「まるで外国にいるみたいだった」。

 試合中にボールを手渡した選手に笑顔でおじぎされて、うれしかった。優勝した南アフリカのスカルク・ブリッツ選手(38)だ。10月8日の対カナダ戦の一コマは、ツイッターやインスタグラムの大会公式アカウントを通じて動画で紹介され、世界中に広まった。「選手から直接『サンキュー』と言われ、海外に興味を持った。英語を頑張ってみようと思う」と笑顔を見せた。

 3年の日野天斗(たかと)さん(17)は、緊張しているときに、世界のトップ選手が話しかけてくれたことに驚いた。「礼儀正しくて紳士的だった」。支える側のやりがいを知ったといい「これからはボランティアに取り組んでみたい」と話した。

 大阪府東大阪市の花園ラグビー場周辺でボランティアに参加した大学1年の保田壮輝(まさき)さん(20)は「自分で考えて行動できるようにもなった」と話す。

 ボランティアは未経験。「新しいことに挑戦して成長したい」と申し込んだ。大会では最寄り駅周辺やパブリックビューイング(PV)の会場で案内を担当した。当初は観客とのやりとりに戸惑ったが、慣れるにつれて声が出るようになった。指示を待たずに観客からの問い合わせにしっかり対応できたことが自信につながった。普段接することが少ない年上の世代の人と一緒に活動できたのも貴重な体験だったという。

 将来は国際的な活動にかかわりたいと思っている。この経験をかてに、いずれは海外で地域支援の活動をするつもりだ。(徳永猛城)

■感じた「SNS…

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