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 2020年東京五輪・パラリンピックの意義を語るとき、よく「レガシー(legacy)」が使われます。「遺産」と訳されることが多いのですが、考えてみると少し違和感がありませんか。「死後に残したもの」という死のイメージは、スポーツにそぐいません。「レガシー=遺産」でいいのか。そんな疑問からレガシーの本質を探ります。

その心は「成果」や「伝承」

 「レガシー(遺産)」。メディアで見聞きするこの表現にずっと違和感がありました。遺産には故人から譲り受けるものの意味があります。「遺」に着目すれば、遺物となると時代遅れのイメージです。

 ただ、自分が取材をしている感覚では、誰もが明るく前向きな表現に用いていました。レガシーと遺産の間に齟齬(そご)はあるのか。あるとすれば、何なのか。

 この疑問をぶつける千載一遇の好機が、昨年12月に訪れました。東京都内で国際オリンピック委員会(IOC)レガシー部門責任者のタニア・ブラガさんに話を聞けました。この役職は、2016年リオデジャネイロ五輪後に新設されました。

 IOCの考えるレガシーとは? 自分の疑問を伝えた上で尋ねると、マイナス要素はないと断言します。「永続的に恩恵を受けるものです。場所や建物も大事ですが、人への関わりがもっと大切です」

 具体例として、「長野オリンピックミュージアム」で出会ったボランティアの男女の話を始めました。1998年長野冬季五輪の20周年イベントで知り合った2人で、五輪をきっかけに20年ボランティア活動を続けてきたそうです。「理由を尋ねたら、男性は『人生に意味が持てる』、女性は『地域貢献』と言っていました。これがレガシーです」

 どうも、「遺産」とは違います。では、どう表現すべきなのでしょうか。ヒントを得るため、独断と偏見でレガシーとニュアンスが近いと思った別の英単語を挙げて選んでもらうことにしました。

 挙げたのは5種類です。①アチーブメント(成果)②トラディション(伝承)③トライアンフ(偉業)④メメント(形見)⑤フォーチュン(財産)。

 ブラガさんが選んだのは「成果と伝承の組み合わせ」でした。ただ、「人によって解釈は変わる」とも付け加えました。

 そこでスポーツに携わるさまざまな人を訪ねて回ることにしました。

 12年ロンドン五輪のメイン会場で、今も様々な競技の国際大会が開かれている五輪スタジアムにも足を運びました。レガシー事業を担うロンドンレガシー開発公社(LLDC)の戦略・マーケティング広報部長のエド・スターンズさんは「成果と伝承がいい。すべて未来につながるものだから」と言いました。

 スイスのローザンヌで会ったフリースタイルスキー元世界選手権覇者のビルジニ・フェーブルさんの考えも、印象的でした。一番近いとしたのは「伝承」で、「若者、特に子どもの将来につなげていくもの」と強調しました。彼女は現在、来年1月に同地で開催される冬季のユース五輪の組織委員会会長。「若者たちに好影響をたくさん与えること」が目標なのです。

 取材開始から約10カ月、五輪・パラリンピックに関連する計11人から答えをもらいました。レガシーの具体例はさまざまです。スポーツクライミングやサーフィンなどの新競技が人々の間で浸透する。200以上の国・地域の代表選手を見て人種差別や偏見がなくなる。物の大事さを痛感し、持続可能性に取り組む……

 ただ誰もが、五輪・パラリンピックを機に少しでも前向きな変化が出ることをレガシーととらえていました。ほんの一部とはいえ、全員が過去とか遺物などとは対照的なプラスの意味で使っていました。

辞書では

【遺産】①死後に遺(のこ)した財産。すなわち人が死亡当時もっていた財産。②比喩的に、前代の人が遺した業績(広辞苑第7版。抜粋)

「モノ」から「コト」変革を

 早稲田大の原田宗彦教授(スポーツマネジメント)によれば、五輪をめぐって「レガシー」という言葉が使われ始めたのは、96年アトランタ五輪の準備中から。新しく建設するオリンピックスタジアムを、大会後は大リーグの本拠球場に改装することを事前に決めるなど「レガシーあっての大会」だったと言います。

 ちょうど近代五輪100周年の大会。さらに、行政の支援を受けずに民間からの出資だけで開催するなど、五輪は過渡期でした。IOCは五輪の新たな意義として、レガシーに着目。08年夏季五輪の招致からは、立候補ファイルの項目にも「レガシー」が加わりました。

 08年大会には大阪も立候補したため、招致活動が盛んになった90年代後半には日本でも「レガシー」という言葉を使うようになったそうです。招致委員会の参与だった原田さんも最初に使い始めたうちの1人。当初から辞書の直訳である「遺産」を訳としてあてていたそうです。

 「レガシー」には「有形/無形」「計画的/偶発的」「ポジティブ/ネガティブ」の三つの軸があるとされます。ただ、一般的に理解されやすいのは「有形、計画的、ポジティブ」なもの。つまり競技場などの「モノ」に偏りがちだと言います。これを狭い意味での「レガシー」とするなら、今後は持続的な成長を念頭に置いた「モノ」から「コト」への意識の変革が必要だといいます。その背景には環境問題の深刻化や開催費用の高騰への批判があります。

 原田さんは、今秋のラグビーワールドカップ日本大会が好意的なムードの中で閉幕したのは、新しいスタジアム建設が最小限だったにもかかわらず、日本代表の快進撃で盛り上がるなど「モノがなくてもコトがすごかった」という印象が残ったことも理由の一つだとみています。

 原田さんは、「遺産」が「使い残したもの」のようなニュアンスを含む、と認めます。そこで「遺産」から「継承」へのシフトも必要だといいます。

 違いの一つは時間の長さです。施設などの「モノ」に象徴されるように局地的で短い期間にだけ恩恵をもたらす「遺産」から、有形の「モノ」がなくなってからも次の時代や次の世代にまでつながる文化をつむぐ「継承」へ。IOCも従来の「レガシー」に加え、「継承」を意味する「ヘリテージ」という言葉を新たに使い始めているそうです。

訳さぬ組織委「浸透に努める」

 来年の東京五輪・パラリンピックでレガシーを創出していく立場を担う大会組織委員会ですが、実は、自ら「遺産」という訳を付したケースはまず例がないそうです。アクション&レガシー部の石川貴規部長によると、「一言で説明できるものではない」として、日本語訳を検討したこともないそうです。

 では、「レガシー」にはどんな意味があると考えているのでしょうか。石川部長は、「ハードもソフトも含め、五輪やパラリンピックを通じて、世代から世代へと引き継がれていく影響、効果」と表現しました。さらに「一般的にはネガティブなものも含むのかもしれませんが、なるべくポジティブなものを残して行きたい」と話します。

 そういった意味が正しく理解されている手応えはあるのでしょうか。「パートナー企業や自治体の方など関係者には浸透したように感じますが、それ以外の方とはまだ少し理解に差があるかもしれません。言葉の意味よりも、取り組みを通じて概念を理解してもらえるよう努めていきたい」と話しています。

64年東京五輪「概念なかった」

 1964年東京五輪の時代には「レガシー」に匹敵するような言葉はあったのでしょうか。当時の組織委員会を記者として取材した朝日新聞の元編集委員、中条一雄さん(93)に聞きました。

 「当時は五輪の後に何かを残そうという概念そのものがなかったように思う」と振り返ります。日本で開催する初めての五輪。「一気に山を登ったという感じ。五輪が来てから目を開かされた人は多い。山を登り切って向こう側が見えた時に初めて、『ああオリンピックって良かったな』と思う人が多かったのではないか」

 その経験をレガシーという言葉で振り返ってみると、「『競技場が残る』など薄っぺらな、物質的なものではない」と言います。「国籍や肌の色を超えた人間同士のつながりを通じて、スポーツによる国際親善の良さや五輪の意義を浸透させること、国際的な感覚が社会に残ることこそがレガシーになるのだと思う」と話します。

 中条さんが実際に「レガシー」という言葉を見聞きするようになったのは、86年の退職後だといいます。

 いまの使われ方には、「五輪ってこんなにいいんだぞ、国民の心を一つにするんだぞ、という方向へ導くための宣伝文句、五輪を権威づける言葉として使われているように感じる」と指摘します。

     ◇

 私がスポーツの現場で頻繁に「レガシー」と耳にするようになったのは、15年ほど前の大リーグ取材中でした。歴代最多5714奪三振のノーラン・ライアンや、歴代7位となる通算630本塁打の外野手ケン・グリフィー・ジュニアら伝説的な選手を形容することが多かったと記憶しています。「living legacy」(生きる伝説)という使われ方があるように、「キラキラ」「ピカピカ」といったまばゆいぐらいに輝くイメージです。

 今回、最初に尋ねたIOCのブラガさんは、「レガシーをつくろうと考えた時、何も広範囲で見る必要はありません。人との関わりを大事にしていけば、おのずと恩恵を受けるでしょう」。訳として遺産がぴったりな場合もあるとは思います。ですが、成果や伝承(継承)といった未来へ向いた、温かい意味の日本語で置き換えて使う場面が増えてもいい気もします。20年東京大会はどのように後世に伝わり、国や社会に好影響を生むのでしょうか。(遠田寛生)

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 大先輩である中条さんを訪ねたのは、ラグビーW杯が日本代表の初の決勝トーナメント進出に沸いていた頃でした。「日本中を興奮させたとテレビなどはいうが、興奮していない人だってたくさんいる。安易な盛り上げ方はよくない。薄っぺらなものはすぐ冷める」と苦言を呈していました。そして昨今の「レガシー」という言葉の使われ方も「安易な盛り上げ方の一つに思える」という話へとつながりました。

 「有形で計画的でポジティブなレガシー」の代表格になるはずだった新国立競技場は後利用の方針がいまだはっきりしません。まして「無形」なものが評価されるのはずっと先。未知数なものに大会前から大役を担わせているようにも思えます。

 この大会が何を残していくのか。響きはきれいだけれど適当な日本語訳も見つからないような言葉に頼ることなく、足元を見つめていくことも大事だと思います。(伊木緑)

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