[PR]

 第2次世界大戦末期の1945年、「鉄の暴風」と呼ばれた米軍の猛攻で破壊され尽くした那覇市の首里城は、半世紀を経て美しくよみがえり、四半世紀後に再び火災によって燃え尽くされてしまった。30年以上、首里城復元の歴史考証を担ってきた琉球史研究の第一人者、高良倉吉・琉球大名誉教授(72)に思いを聞いた。

琉球王国の歴史を体現、城郭の再現にとどまらない意味

 火災の知らせを聞いたのは10月31日午前3時すぎ。那覇市の自宅から、首里城の方角が炎に包まれているのを見て言葉を失った。1989年、平成の始まりとともに正殿の復元工事が始まり、今年に入って正殿の裏の「御内原(おうちばら)エリア」が完成。三十数年をかけた復元整備にひと区切りがつき、いささかの達成感と安堵(あんど)を覚えたばかりだった。

たから・くらよし 1947年生まれ。琉球大学名誉教授(琉球史)。沖縄県浦添市立図書館長、仲井真弘多・沖縄県知事時代の副知事も務めた。著書に「琉球の時代」「沖縄問題 リアリズムの視点から」など

 戦争で失われた首里城を甦(よみがえ)らせようと、この三十数年、多くの人が力を合わせ、いくつもの課題をクリアしてきた。その長い時間と、そこに関わった人たちの努力を思うと、目の前で城が燃えている光景は受け入れがたいものだった。

 明治新政府が1879年、琉球王国を日本の政治体制に組み入れた「琉球処分」以来、沖縄では本土の文化を積極的に受け入れようとしてきた。そうした同化志向もあって、琉球王国の貴重な文物の多くは散逸してしまった。かろうじて残された史跡や風景も、沖縄戦の戦火によって破壊し尽くされてしまった。

 そんな沖縄にとって、首里城の復元は、城郭の一つを再建するだけにとどまらない意味があった。

 日本で城といえば、姫路城に代…

有料会員限定記事こちらは有料会員限定記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。

有料会員限定記事こちらは有料会員限定記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。

有料会員限定記事こちらは有料会員限定記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。

有料会員限定記事こちらは有料会員限定記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。

980円で月300本まで有料記事を読めるお得なシンプルコースのお申し込みはこちら