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 首里城の正殿などが全焼した火災で、内閣府と沖縄県、沖縄美ら島財団が6日、首里城公園内で合同で記者会見し、被害状況などを明らかにした。被害を受けたのは、新たに確認した「奥書院」と「寄満(ゆいんち)」を含めて計9棟。うち木造の4棟は跡形もなくなっていると説明した。財団所有の1500点余りの美術工芸品のうち約450点も焼失した可能性が高いという。

 復元された首里城は内閣府が所有し、今年2月から県が管理し、指定管理者制度で財団が管理運営している。被害があった9棟は、正殿▽北殿▽南殿・番所(ばんどころ)▽書院・鎖之間(さすのま)▽黄金御殿(くがにうどぅん)▽二階御殿(にーけーうどぅん)▽奥書院▽寄満▽奉神門。このうち正殿と書院・鎖之間、奥書院が木造で、二階御殿は2階部分が木造だった。

 美術工芸品については、財団の西銘宜孝(にしめよしたか)事務局長によると、二つの耐火性収蔵庫に保管していた計1075点は6日までに外に運び出したが、このうち県指定有形文化財の漆器「黒漆菊花鳥虫七宝繫沈金食籠(くろうるしきっかちょうちゅうしっぽうつなぎちんきんじきろう)」は熱で損傷している。

 収蔵庫の外に保管していた琉球王朝の国王を務めた尚家に伝わる絵画「雪中花鳥図(せっちゅうかちょうず)」や、地誌「中山伝信録(ちゅうざんでんしんろく)」の初版本、複製の扁額(へんがく)「中山世土」などは焼失した可能性が高いという。

 正殿内にスプリンクラーが設置されていなかったことについて、内閣府沖縄総合事務局の鈴木武彦・国営沖縄記念公園事務所長は「法令は順守していた。厳正な形の復元をし、設備も自主的に追加してきた。検証結果を踏まえ、今後どういう設備が必要か検証は必要」と話した。

 財団は火災翌日の1日の会見で、火災報知機が鳴る約1時間前に警備員が正殿内部を巡回していたと発表していたが、警備員が最後に正殿内を巡回したのは火災前日の10月30日午後9時35分だったと訂正した。(伊藤和行、岡田将平)