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経済インサイド

 自動車レースの最高峰・フォーミュラワン(F1)世界選手権。日本メーカー唯一のエンジン系供給者として参戦するホンダが今年、13年ぶりに勝利を挙げた。1980~90年代は圧倒的な強さを誇り、人気もあった「ホンダF1」。近年はかつてのようなF1ブームはなく、ホンダは本業の四輪事業で収益低迷に苦しむ。それでも挑戦を続けるのはなぜか。久々のF1の勝利は本業も活気づけることができるのか。

日本GPで高まる期待

 10月13日。台風19号が通過した後に青空が広がった鈴鹿サーキット(三重県鈴鹿市)。風を切り裂くように、F1マシンが爆音とともに時速300キロ超で突っ走る。F1世界選手権の第17戦、日本グランプリ(GP)は、台風の影響で予選と決勝を同じ日に開催する変則日程となった。

 ホンダが今季、エンジンなどのパワーユニット(PU)を供給するのは、かつて世界王者にもなった強豪・レッドブル。ホンダは2015年のF1復帰後の成績は低迷していたが、今季は6月のオーストリアGP、7月のドイツGPで勝利を挙げ、強さをのぞかせていた。

 2勝を挙げたエースドライバーのマックス・フェルスタッペン選手(オランダ)が午前の予選では5位につけ、期待は高まったが、スタート直後にフェラーリと接触しリタイア(途中棄権)。8万9千人が詰めかけた観客席からはため息が漏れた。

 それでも、もう1人のドライバー、アレクサンダー・アルボン選手(タイ)が予選6位からスタートし、安定した走りで自己最高の4位に入った。田辺豊治・F1テクニカルディレクターは「我々が目指していたような結果を得ることはできませんでしたが、来年はもっと競争力をつけて戻って来られたらと思っています」とコメントした。

かつては圧倒的な強さ

 近年はトヨタ自動車もF1に参戦したことがあるが、F1で日本勢と言えば「ホンダ」が代名詞だ。

 64年、車体とエンジンをともにつくる「純日本製」のチームとして参戦し、65年のメキシコGPで初勝利。その後、活動休止と復帰を繰り返しながら08年まで通算72勝を挙げた。特に第2期(83~92年)には、中嶋悟選手(ロータス・ホンダなど)が日本人ドライバーとして初めて年間通してF1に参戦。エンジン供給した「マクラーレン・ホンダ」ではアイルトン・セナ選手(ブラジル)が活躍して69勝をあげる黄金時代を築き、日本にF1ブームを巻き起こした。

 00~08年の第3期では日本人ドライバーの佐藤琢磨選手(BARホンダなど)が参戦。06年鈴鹿日本GP決勝レースは歴代最多の16万1千人を動員した。06年からは車体もエンジンも自社開発する「ワークス体制」で1勝を挙げたが、リーマン・ショックで撤退した。

 その後14年のF1から、国際自動車連盟(FIA)は規則を変更し、F1マシンの動力にエンジンのエネルギーだけでなく、排気熱やブレーキを踏んだ時に生まれるエネルギーを再利用する環境技術を義務づけた。ホンダは、新ルールでのF1に参戦して技術を磨くことで、市販車の環境技術にも応用が期待できると考え、15年から復帰した。

 これが現在まで続く「第4期」だ。かつてのパートナー、英マクラーレンと組んだが、昨年までは成績が低迷していた。

 なぜ今年は復活を見せたのか。カギを握ったのが、新たなPUの開発だった。

■F1のP…

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