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 俳優で歌手のソニンさん(36)は「EE JUMP」のメインボーカルとして17歳でデビュー。ユニット休止など挫折も味わい、悩んだ時期もありましたが「舞台」が居場所と気付いた今は、のびのび活躍しています。ミュージカル作品が目立つなか、「3年ぶり」という新春のストレートプレー出演を前に、来し方のこと、転機となったニューヨーク生活のこと、舞台を支えるアロマのこと……様々な「今のソニン」を語ってくれました。

自分と社会のギャップに悩んだ

 歌が好きで、16歳の時にテレビ番組のオーディションを受けました。落選したけど、それをきっかけにデビューができた。でも2年でユニットは休止。その後は5万個を越えるドミノを並べたり570キロものマラソンに挑戦したり、過酷なロケもやりました。

 「よくやったね」と言われるけれど、どうしてもその場所に残りたい時、人って術(すべ)を選ばないじゃないですか。20歳にもならぬ私はたいして芸能界を知らず、名前も売れておらず、何もなしとげていなかったから、自分のプライドだけ主張したって何にもならない、と思っていた。自分の中に「逃げる」という選択肢はなく、この場所に残るためには言われたことを信じてやるしかありませんでした。

 (本当にやりたい仕事を)自発的にやることを覚え、経験するようになったのは俳優の仕事に出会ってから。でも不器用な私は、歌とバラエティーと俳優業、同時にはできなかった。舞台が休みの日に他の仕事がすべて入ると、もう体がもたなくて。「舞台に絞りたい」と、初めて、自分の意志を(当時の事務所に)伝えました。そこから、私の芸能人生が変わったように思います。

 24歳の時、初めての海外一人旅でニューヨークに行きました。やりたいことと、周囲から求められていること。そんな自分と社会とのギャップに悩み、もがいていた時期です。漠然とした「自分探し」ではなく、面白さに目覚めつつあったミュージカルを見るため。でも「ここに住んだら何か見つかるかもしれない」って、直感で思ったんですよ。旅行者ではなく、この街に長期滞在したい。そんな夢をもつようになりました。

 でも帰国して話すと、みんなに止められた。「舞台の仕事がいっぱい来てるのに」って。あまりに言われ続けたので、逆に「行くしかない」と思ったんです。自分の人生は、自分のもの。人の言うことばかり聞いていたら、行動に移せないって。2012年、文化庁新進芸術家海外研修制度で、1年間の演劇留学に旅立ちました。

NYでプライドを捨てた

 誰も私を知らない町で、初めての普通の生活。10代から芸能界にいたので、それが一番大きかったように思います。人種も様々、ニューヨークにいる理由も様々。国籍なんて関係ない。もちろん、差別がまったくないわけではないでしょう。でも、みんな一人の人間として、普通に自然に生きている。人のことなんか気にしない、でもみんな、とても優しい。自分を受け入れる余裕があるから、きっと、人にも優しくなれるのでしょうね。

 そんな人々を見ていると、私もありのままの自分で過ごせた。見られる仕事だから優等生でいなきゃと思ってきたけど、自分を繕ってちゃだめだ、格好つけてちゃだめだ。素直にそう思えたんです。プライドも捨て、超初級のボイストレーニングを団体で受けて。格好悪い自分も情けない自分もニューヨークで受け入れられるようになった。

 留学期間が終わった後も、「足りない」と感じ、さらに半年ニューヨークで生活。帰国の翌15年度の菊田一夫演劇賞をいただきました。演劇出身でもない私は、自分を永遠に賞をもらえるような俳優ではないと思っていたし、人生でも「少数派」を感じるシチュエーションが多かった。授賞式では、「マイノリティーでも精進していれば認められる日がある」と話しました。人はみなどこかに所属したがるけど、カテゴリーにあてはまらず、少数派だと感じることも、きっとそれぞれあると思う。「だから認めてもらえない」と思っている人も、きっと多いと思うんです。もっともっと、すべての人が受け入れられる世の中になればいい。私と同じ思いで生きている、そんな大勢の人たちに向けて、言いました。

集中力、鎮静…アロマは頼もしい味方

 今は数年先まで舞台の仕事が決まっています。公演が始まれば幕は連日上がり続けるけれど、人間のコンディションはそう同じではいられない。心身をフラットに調整し、安定したレベルでプロフェッショナルな仕事をするための、頼もしい味方がアロマです。

 出会いは07年。初めてのミュ…

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