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 「お母さん、来たよ。だいぶ涼しくなってきたね」

 11月13日の夕方、私(37)は東京都目黒区にある病院に入院中の母(64)を訪ねた。ベッドに横たわる母は目を開けているが、いつも通り、返事はない。あの事故から、4年が経とうとしていた。

もしも大切な人が交通事故にあい、意識が戻らなかったら――。前方不注意の車にはねられ、重度の脳機能障害を負った母を持つ記者が、事故から現在までの4年間を振り返りました。

携帯に病院からの電話

 東京都足立区に住んでいた母は、2015年11月17日の午前8時ごろ、事務のパートに向かうため交差点を自転車でわたっていて、前方不注意の2トントラックにはねられた。

 当時、私は名古屋勤務で、事件・事故の取材を担当していた。午前9時ごろ、仕事へ行こうと家を出たところで、私用の携帯電話が鳴った。病院からだった。

 「救急隊員に名前だけは話したそうですが、現在は意識混濁状態です」

 すぐに上司に事情を話して休みを取り、妻(37)と長女(7)と次女(5)の3人と一緒に、名古屋駅から新幹線に飛び乗った。着いたら母が「たいしたことないのに、わざわざ家族みんなで来てくれたの?」と言ってくれないか。孫を見て、喜んでくれるんじゃないか。車窓を見ながら、けがが軽いことを祈っていた。

 母は都内の大学病院に搬送されていた。東京駅からタクシーに乗り、病院に着くと、弟2人が待っていた。私は長男で、次男(35)は横浜市に住む会社員。三男(33)は東京都に住む会社員だった。3人そろって、医師の話を聞いた。

 救急搬送から2時間後に撮影したCT画像(コンピューター断層撮影)を見せてもらった。母は後頭部を道路に強打し、頭の中に血腫ができていた。このままでは脳内の圧力が高くなり、脳に血が通わなくなる恐れがあったため、血腫と、傷ついた脳の一部を摘出する緊急手術をした。しかし、圧力が少し下がったことで、脳から、さらに血液がしみ出してきた。術後に撮ったCTでは、また血腫が拡大していて、再手術をする必要がある――。そんな説明だった。

 兄弟3人で、母の手術が終わるのを待った。

 スマホで、「交通事故」「脳」「血腫」「手術」「障害」などの言葉を、何度も検索した。専門用語が多く、難しい。だが、厳しい状況だということはわかった。

 前日、メールで連絡をしたばか…

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